お題場(1月) コインロッカー×早朝

□『ジュウエンロッカー』 月餅暖娯
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ジュウエンロッカー

        月餅暖娯




俺の朝は早い。

会社自体は都市部の駅のま隣に位置するが、
俺は会社からかなり遠いドがつくのではないか、
という田舎に住んでいる。

おかげで、毎朝3時半起きという、
学生時代遅刻常習犯であった俺からは
予想もつかない事態になっている。

俺は田舎が好きで、
一人暮らしをするときはこの町(むしろ村に近い)にと、
住み始めたのが一年前。

安くて、最寄りのW駅がかなり近い、
という理想的なアパートだ。

しかし、高卒の俺がやっと就職できた会社、
俺んちの最寄のW駅からはすごく遠かった。
(就職先決めてから家探すんだった……。)
まぁ、会社はそれなりに大手ではあったし、
会社の近くにはT駅があるから別にいいけど……。

俺は家に仕事を持ち込みたくない。
俺にはそんなわけのわからないプライドがあった。
しかも、家に帰る時間が遅いから、
家で仕事をしようにもそんな暇はない。
家に着いたら、シャワーを浴びて、すぐに寝る。
荷物は、その最寄りのW駅のロッカーに入れておく。
朝、荷物をロッカーから出す。
夜、駅に着いたらロッカーに荷物を預ける。

毎日それの繰り返し。

会社の駅のロッカーは、値段が高い。
あっちは100円、こっちは10円。
それに手ぶらだと、満員電車で怪しい。
痴漢に間違われる。

で、今朝。
いつもの早朝。

10円ロッカーは待合室にある。
田舎のロッカーはいつも空である。
利用するのは俺くらいなもの。

でも、今朝は珍しく……。
何か10円ロッカーをガチャガチャしている人影が……。

なんか見たことある。
あれって、近くの公園で生活してるホームレスだよな……?

俺のアパートの近くには公園があるのだ。
何してんだろう……?

そのとき、アナウンスが。

《始発の電車は雨のため、45分ほど遅れます・・・》

「うそだろ! 45分って、おいっ……」

何度も言うが、俺の家はかなりの田舎だ。
会社からは、かなり遠い。

(完全に遅刻だよな……。)

ホームは寒いから、あきらめた俺は
切符売り場の近くの暖かい10円ロッカーのある待合室に戻り、
電車の来るギリギリまで待つことにした。

そこで俺は、いつものなじみのおばさんのいる待合室の売店で
一缶120円のホットコーヒーを、
ポケットに入っていた500円玉で買った。

残り380円。

それからついでに、100円のパンを朝食代わりに買って、
俺はベンチに適当に座った。

さっきのホームレス(っぽい人)はロッカーに
大きめの封筒を入れている。

まさか、現金とか? ここ、金庫かっての……?

思わず、じっと見てしまっていた。

すると。

「なんだよ」

「えっ! い、いえ……」

(うっわ、怖っ。がっら悪〜。)

俺は、つい、手元のパンを差し出した。

「い、いります、か・・・?」

何、言ってんだろう。

あぁ、俺は怖いのだ。
この、俺にとって未知の存在が。
一般家庭で育った俺は、ホームレスなんてあまり接点はない。
だから。怖いのだ。

知らないという、恐怖。

待て待て。落ち着け、落ち着け。俺!!
で、よく見るとホームレスは、20代の青年だった。
俺と歳はそう変わらない感じだ。

「いらねぇよ、施しなんて」

ホームレスって、あんまメシ食えないってことなんだろ? 
腹をすかしてるから、すぐに食いつくのかと思った。

でも、ここまで言っておいて、やらない、なんて、
ちょっと小さい話だよな、俺。

「じゃぁ、せめて半分でも」

偽善者とか言われそうな行動だ、と自分で思った。

遠慮がちにパンを受け取ったホームレスは、
開封せずに袋ごとそれを半分にした。

残念ながら綺麗に半分にはできなかったが、
奴は、ずいっと大きいほうを俺に渡した。

ちょっと、あたたかな交流っぽくね?

俺はちょっと気になりだした。

聞いてみてもいいかな。
ロッカーに何入れてたか、なんて。

「あのー……。ちょっと聞いていいですか?」

「・・・」

無視かよ。

いいよ、もう聞いてやる。

「コインロッカーに、何入れていたんですか?」

「楽譜」

答えは意外にすぐ返ってきた。

「え……?」

なんだか、俺が躊躇してしまったじゃないか。

「楽譜! だ」

楽譜・・・?

「なんで?」

「あそこに楽譜入れて置くんだ。いつも」

なんでだろう? 楽譜を? 梅雨が近いから……なわけないか。

でも、この人、音楽関係の人なわけ?? 
クラシックとかやってるのか?

「音楽するんですか!」

ホームレスはこくり、と頷いた。

俺は、何が弾けるのか、と聞いた。

「ギター……」

奴は嬉しそうな顔で言った。

けど、奴は急に表情を曇らせて、ポツリと言った。

「もう、売ったけどな……」

「売った? なんで……」

「金がないからだよ。けど音楽はしたいんだ。
自分で作った歌だけは……。売りたくない」

あぁ、アレは自分で作った曲なんだ。
ギターは売っちゃったけど、
この楽譜だけは大事に持ってるんだな。

「何か、バンドとかで活動してたんですか……?」

「ははっ、いろいろあってね。裏切られたんだよ。
あいつらは俺が作った音楽を盗みやがった……」

酷い話もあるもんだ。

楽譜を持ち歩いて盗まれないように、
こうして昼間はこの格安ロッカーに入れてるのか。
盗まれることが怖いんだな。

いや、人を信じることが怖いのかもしれない。

曲、盗まれたってことは、それだけいいものだということだろ。

俺はこの人の作ったという曲を無性に聴きたくなった。

この人は、どんな音楽を持っているんだ?
どんな音楽を内に秘めているんだろう?

人間、褒められて嫌な奴なんていないはずだ。
俺がこの気持ちを正直に言えば、
この人は、見せることを拒まないはずだ。

でも、そういう作品って、作った人間の心なわけだよな。

今日はじめて言葉を交わしただけの奴に見せるかな。

やっぱ、抵抗あるかもな。

盗作という形で裏切られたわけだし。
赤の他人に、世に出てない作品を見せるのとか。

やっぱ、勇気いるよな。

でも、俺も一応、音楽好きだし。

俺のこと、信じてくれないかな。

どうしても、こいつの曲を聴いてみたくなった。

「俺、あなたの曲、聴きたいです……」

聴きたい……です。

「ちょっと、お兄さん、電車着いたみたいだけど? 
アンタの電車、アレだろう?」

売店のおばさんの声でハッとしてそこからホームを見ると、
確かに俺の乗る電車だ。

「じゃぁ、電車来たんで……」

そう言って俺は大急ぎで待合室を出る。

でも、近いうちに、きっと。聴きたい。

「その、ありがとう!
あんた、明日もここに来るんだろう! 
この時間に!」

意外なほど大きい声で、ホームレスは言った。

「あ、うん……」

「じゃぁ、また明日な。
明日、アレを、俺の音楽をあんたに見せる」

そう言うと、ホームレスは親指でロッカーを指した。

「本当ですか! 楽しみにしてる!」

俺は、すっごい笑って手を振った。多分。

ホームレスも、すごく笑っていた。



さて。

これが俺と奴との最初の出会いってやつで。

後々このホームレスと俺は同居し始めて。

ホームレスは『ジュウエンロッカー』というバンド名で、
バンド界の金字塔、なんて呼ばれるようになり。

俺はその専属のマネージャーになる。

なんていうのは、まだ、少し先の話。

今や奴の口癖は、

「お前が大手のレコード会社でよかったわー。」

なんて、笑いながら言う、冗談なわけで。

今や俺の口癖は、

「ばぁーか、調子乗んなよ。」

なんて、笑いながら言う、冗談なのだ。

俺と奴。

生活する世界は違っていたけど、
同じもので、繋がっていた。

俺の世界は狭くて。広い。




     2008.2.13 up 月餅暖娯

     2008.2.21 → 編集
 

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