お題場(1月) コインロッカー×早朝

□『Rubbish』 
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      『Rubbish』 

            



「誰だい? こんなに朝早く」

ギギギー

外のいつもと違った様子に、

この捨てられた古いコインロッカーのドアを開け、

トラッシュが眠い目をこすりながら、まぶしそうに朝の光に手をかざしました。

ドアの前には一匹の子犬が座っています。

首には赤い首輪が付けられてあるので飼い犬のようですが、

どうやらお腹がすいているようです。

「ウチには何もないぜ。独り身の上に人形なんでね。

さっさと自分のおうちに帰んな。心配してるぞ」

子犬はちっとも動こうとはしませんでした。

「お前、名前は? 名前ぐらい名乗ってもらわないと」

子犬は首を傾げます。

トラッシュは自分が人形であることを忘れていました。

犬には人形の言葉なんて分からないのです。

トラッシュは長く一人ぼっちで暮らしていたので、

そんなことはすっかり忘れていました。

「すまん、すまん。言葉が通じないのを忘れてた」

トラッシュは少し考えて、人形の言葉ではなく心の声で言いました。

「決めた。お前の名前は今からラビッシュだ。

俺と同じ『がらくた』っていう意味だ」

今度はうまく通じたようです。

ラビッシュは顔を上げてワンッと鳴きました。

その日からトラッシュとラビッシュは何をするにも一緒でした。

始めはあんなにつっけどんにしていたトラッシュも

ラビッシュを弟のように可愛がりました。

晴れた日には古びたロッカーの上で並んで日向ぼっこしました。

雨の日にはさびたロッカーの中でかくれんぼもしました。

凍りそうな冷たい夜もぴったりくっついて眠りました。

時間というものは早く過ぎ去ってしまいます。

ラビッシュは、トラッシュと出会ったときとは

比べ物にならないくらい立派な犬になりました。

背丈はトラッシュをゆうに越え、ロッカーに入らなくなってしまいました。

重いごみも運べるようになったし、トラッシュの良い相棒になりました。

そして年月は過ぎ、ラビッシュは年を取っていきました。

トラッシュは人形だから年を取らないので、

汚くなったということ意外あまり変化はありませんでしたが、

ラビッシュは足も遅くなり、以前ほどの元気はなくなっていました。

2人に残された時間が少ないことにトラッシュは気づいていませんでした。

ある夜、トラッシュがふと目を覚ましました。

ロッカーの外から何か聞こえてきます。

おそるおそる、ドアを開けて外を見てみると、

ラビッシュの様子が変です。とてもぐったりしています。

「おい、ラビッシュ!! 大丈夫か?!」

ラビッシュはくーん、くーんと弱々しい声を押し出します。

起き上がろうとするのですが、立ち上がることもできません。

トラッシュはやっと気づいたのです。

命というものには限りがあるということ、

そしてラビッシュはもうすぐ死んでしまうということに。

トラッシュは叫びました。

「俺をおいていかないでくれよ。

あの朝お前がやってきて、やっと俺にも大切なものができたんだ。

お前がいなくなってしまったら、また一人ぼっちになっちまうよぉぉ」

トラッシュは泣いていました。

人形のトラッシュには、残酷なことに涙を流すことができません。

それでもトラッシュは泣いていました。

ラビッシュの優しい目がトラッシュを見つめます。

『キミは一人なんかじゃないよ』

心の中で誰かの声が強く響きました。

ラビッシュはじっと見つめています。

まるで最後の力で、トラッシュに話しかけているようでした。

「あぁ。お前はあの日から俺の横にずっといてくれたよな。

これからもずっと一緒なんだな」

外はもう夜が明け始めています。

そう、丁度トラッシュとラビッシュが出会ったときのような

気持ちの良い寒さの朝でした。

トラッシュはそれからもずっと、

ラビッシュとの思い出が詰まったロッカーでくらすのでした。

そう、心の中のラビッシュと一緒に……。


           2008.2.29 up

            2008.3.22 編集

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