お題場(2月) 雨宿り×十字架

□『晴れのち雨のち晴れ』 月餅暖娯
1ページ/1ページ

雨は突然降り出す。
昔も、今も。

会ってから、俺はこの人と一度も口を聞いていない。
話したくないから。
何を話せばいいか、わからないから。
おまけに話すタイミングもなくて。

「あ、雨。」
そう、雨は突然に。
俺に話すタイミングをつくったみたいに。
余計なお世話だ。

俺達は、近くの小さな喫茶店に入った。
「・・・大きくなったわね。」
「そりゃ、十年以上だからね。」
沈黙は続く。
「ごめんなさい・・・」
俺の母親は泣き出した。
俺はこの人の首からさげた、ペンダントとロザリオに視線がいく。
真ん中に十字架があるロザリオ。
ペンダントには子供を抱く若い母親が彫ってある。シスターの印だ。
自分の子供を捨てたこの人は、自分の子を大事に思うこのカミサマを信じる。
皮肉にも、俺はこの人にそんな信じる資格なんてないと思う。

昔、俺の父の小さい会社はつぶれた。
利益なんてさほど大きくなかったのに、借金はありえない大きさだった。
そんな父と当時幼かった俺を残して母はシスターになった。
この人は、逃げたのだ。

「謝るなら、親父に謝れよ。」
「・・・」
「親父は、死ぬまで一人で働いた。本当は、あんたは支えなきゃいけなかった。」
「・・・」
「でも、あんたは逃げた。」
「・・・ごめんなさっ・・・」
今更、謝られても、困る。
「親父は、愛した人に、裏切られたんだ!裏切りのない愛をあんたは求めてるんだろうが、あんた自身が愛してくれた人間を裏切った!」
「ごめんなさっ・・・」

幼い頃、憎んだのは、倒産に追い込んだ不景気でなく、唯一の父を捨てた唯一の母と、その母をとりこんだ、カミサマだった。

そんな俺に、親父はいつも言っていた。
「母さんが逃げたのは、父さんのせだ。もし、母さんに会ったら、責めないでくれ。」
それは、死ぬときも同じだった。

「・・・そう、本当は、言うつもりだった。」
「え・・・?」
謝る気がこの人、母さんになかったら、殴るでもしてやろうかと思った。
でも、違ったから。
俺は、許しても、いいよな?
「・・・母さん・・・その、せめて、親父の墓参り行かないか?宗教、違うだろうけど。」
「・・・行っていいのね?」
「なんでそんなこと聞くんだよ?」
「・・・そうね。・・・行くわ。この雨が止んだら、行きましょう。二人で。」
「あぁ。」
この雨が止んだら。
(雨、止むといいな。)
俺は、母のロザリオの十字架に願った。

2008.4.9 up 月餅暖娯

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ