長編

□08
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今日はフットボールフロンティアが終わってから初めての学校。

やっぱりというべきか、豪炎寺の席は空席だった。連絡もなくて心配だったけど、先生は特に何も言わなかったので彼の身に何かあったということはないだろうと思い、ひとまず安心した。


あぁもう。何かに集中していないとすぐに豪炎寺のことを考えてしまう。自分でも嫌になってしまう。でも、明日はきっと会えるよね。そう前向きに考えることにして、私は1日の授業を受けた。


そして放課後。今日は部活が休みなので、私はすぐに帰ろうと駅に向かう。




『(…あと15分。)』




電車が来るまでのあと15分をどうやって潰そうか。とりあえず音楽でも聴こうかな。私は鞄に手を突っ込んで音楽プレーヤーを探す。うーん、物が多くてよくわからない。あ、これかも。と鞄から手を出そうとした時だった。




『…え…』




行きかう人々に紛れて、見慣れた姿を発見した。あの髪型、見間違うはずがない。どうしよう、声をかけたいけど体が動かない。




『あ…』




不意に、彼がこっちを向いた。




「…山崎…?」



『…っ!』




紙袋を持った彼は少し驚いた顔をして私を見ると、こっちへ歩いてくる。
目の前に立つ彼を見て、私はなんとも言えない気持ちになった。どうしよう、泣きそうかもしれない。そんな私を知ってか知らずか、彼は口を開いた。




「…今、帰りか?」



『うん…豪炎寺は?』



「…ちょっと、な。」




豪炎寺がはぐらかすようにそう言ったきり私たちの間に訪れた沈黙。どうしよう、気まずい。せっかく会えたのに、なんて言ったらいいか分からない。何か言わなきゃ、何か…!

私が必死で考えを巡らせていると、私の頭より高い位置からなぁ、と声がした。




「少し、話せるか?」




そう言った彼にこくりと頷き、2人で近くの公園まで歩く。

公園に着くと、豪炎寺は私をベンチに座らせて少し待ってろ。とその場を離れた。
どこに行くんだろう、と首をかしげていると、2つの缶ジュースを持った彼が戻ってきた。




「ん。」




短くそう言って差し出されたのは私が好きなジュースだった。やっぱり優しいなぁ、と思いながらそれを受け取ってお礼を言うと、豪炎寺はふ、と笑って私の隣に腰かけた。


しばらく無言でジュースを飲んでいると、隣からの視線を感じた。豪炎寺を見れば、案の定と言うべきか、彼は私を見つめていた。




『どうしたの?』



「…俺、」




なんだか嫌な予感がした。

あぁ、友達に借りているCDがあるんだ。早く返さないと。そんなどうでもいいことが頭の中をよぎる。きっと嫌な予感を掻き消そうと一生懸命なんだろう。でも、そんな予感こそよく当たるもので、私の頭には彼の引っ越すんだ、という言葉がやけに響いた。頭の中で何度も繰り返されるその言葉に、少し遅れてやっと返事をする。




『…え?』




ようやく出た言葉がこれだった。我ながら間抜けだと思う。豪炎寺を見ると、今まで見たことがないくらい苦しそうな顔をしていて、無性に悲しくなった。




『…転校、するの?』



「…あぁ。今日は、学校に置いていた荷物を受け取りに来たんだ。」




あぁ、彼の持つ紙袋にはきっとその荷物が入っているんだな、と理解する私の頭。




『…そんな…』




じわりと涙が出てきた。彼の前で泣きたくなかったのに。きっと、困らせてしまうから。




「…悪い。」




私は、それだけ言って立ち去ろうとする彼の背中に、大した距離でもないのに叫んだ。




『し、試合!!』




ピタリと止まる彼。
私は無意識に自分の手を手を握りしめていた。




『…なんで来てくれなかったの…?』



「……」



『何か、理由があったんだよね?ちゃんと話せばきっと皆分かって』




くれる、という言葉は彼の唇に吸い込まれた。
重なった唇と、掴まれた腕が熱い。ドサ、と音をたてて私の肩から鞄が落ちる。
たった数秒の口付けだったかもしれない。でも私にはひどく長く感じられた。

静かに唇が離れていく。




『な、んで…』




涙なんてとっくに引っ込み、その代わりに私の口から出ていたのはそんなかすれた声だった。




「…じゃあな。」




私の目を見ずに立ち去る彼に何も言えず、私はしばらく立ち尽くしていた。






口付けの意味

教えてよ





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