長編

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ある休日。私は、とある用事で雷門町へ来ていた。用事と言っても、おつかいのようなものなんだけど。

思いのほか早く用事を終わらせてしまった私は、せっかくだからこの町を少し散策してみようと思い、行先も決めないまま歩き出した。


のんびりと歩いていると、1つの学校らしき建物を発見。
あのイナズママークは、もしかして雷門中?あの、弱小だったサッカー部がとても強くなって、地区大会の決勝戦では帝国学園に勝利したという…うわぁ、どうしよう。せっかくこの町に来たんだし、少しだけ見ていこうかな。
私は、雷門中に向かった。




『へぇ、立派な学校…』




正門のところまでくると、グラウンドでサッカー部が練習しているのが見えた。
偵察…というわけではないけど、ちょっとだけ拝見させてもらおう。




「ディフェンス甘いぞ!集中しろ!」




ゴールのところでオレンジのバンダナをしたキーパーらしき人が叫ぶ。あの人がキャプテンかな…なんか熱血って感じでうちのキャプテンとは違う…




「よし、いいぞ豪炎寺!」



『…え…』




再びバンダナの彼の叫び声が響く。その彼が言った名前に、耳を疑った。
私はグラウンドに視線を走らせる。そのゴール前には、1年ぶりに見る彼の姿があった。




『うそ…』




呆然と立ち尽くす私の手から、持っていた荷物が落ちた。

1年前からずっと会いたいと願っていた彼が、目の前にいる。見間違いなんかじゃない。私が彼を見間違うはずがない。

最後に会ったときより背が伸びて、背中も広くなったように思う。でも、その髪形と強い意志を持った鋭い瞳は変わってなんかいなかった。




「…落としましたよ。」



『え、あっすみません!』




ボーっとグラウンドを見つめたまま突っ立っていた私に、落ちた荷物を差し出すドレッドヘアーとゴーグルが特徴的な人物を見て、私は目を見開いた。




『あなたは…!』



「…木戸川のマネージャーだったか…」




あの帝国の天才司令塔、鬼道有人だった。




『覚えてたんだ…』



「決勝の相手チームだったからな。それに、そっちこそ。」



『そりゃあ、私だって同じだよ。』




そんな会話をしながら、鬼道くんがグラウンドに目をやった。




「豪炎寺…」



『…!』




豪炎寺という名前に過剰に反応した私を見た鬼道くんは、不思議そうに首をかしげた。何も知らないのか、とでも言うように。




『どうして豪炎寺は雷門に…』




私がそう尋ねると、鬼道くんは場所を変えよう、と歩き出した。それに着いていくと、鬼道くんは河川敷で足を止めた。そして、2人で芝生に座る。




「…豪炎寺は、お前たちに何も言わなかったのか?」



私は、無言で頷いた。




「そうか…」




そう呟いた鬼道くんは、何かを迷っているようだった。きっと彼は、豪炎寺が木戸川を去った理由を知っているんだろう。
私は、口を開いた。




『去年の決勝のときの事なんだけど。』



「…あぁ。」



『豪炎寺が試合に来なくて、チームの皆は彼を責めた。あいつのせいで負けたんだって。』



「……」



『私は、豪炎寺が来なかったのは何かちゃんとした理由があるからなんじゃないかって思う。』



「…理由…?」




『そう。それが何かは分からないけど、豪炎寺は理由もなく大事な試合をすっぽかすような人じゃないから。…それで、その試合のあと、偶然彼と会ったの。でも、その時にも転校することしか言ってくれなくて…』



「…そうか…」



『豪炎寺に会えなくて、寂しかった。…だからもう彼の事は忘れようと思ってたのに、こうやって見つけちゃうし。タイミング悪すぎ…』




私がため息をつきながら遠くを見ると、隣にいる鬼道くんが心配そうな顔をしているのが視界に入った。



『…でも、今日豪炎寺を見て、安心した…』



「…安心?」



『豪炎寺が楽しそうにサッカーしてて、また彼のシュートを見れたから。…私、豪炎寺がサッカーしてる姿が好きだったから…』



「…うらやましいな、豪炎寺は。」



『…どうして?』




私は鬼道くんを見る。その表情には試合中のような鋭さはなく、やわらかい笑みを浮かべていた。




「お前にそこまで想われているあいつは、幸せ者だ。」




鬼道くんにそう言われて、顔に熱が集まってくるのを感じた。なんだか、恥ずかしいことを言ってしまった気がする…!




「…豪炎寺の妹を知っているか?」



『夕香ちゃん?』




頭の中に夕香ちゃんの顔が浮かんだ。でも、どうしていきなり夕香ちゃんなんだろう。




「その妹が、去年の決勝戦の応援に行く途中で交通事故に遭ったんだ。」



『え…っ!』




信じられない。まさかそんなことがあったなんて…それで豪炎寺は試合に来れなかったんだ。そう理解したと同時に、彼は1人でその辛さを抱え込んでいたのかと思うと、無意識に拳に力が入った。




「妹の入院先がこの町の病院だから、豪炎寺は引っ越してきたんだ。」



『そうだったんだ…それで、雷門に…』



「…今はそうだが、あいつは一時期サッカーをやめていた。」



『…!』




あの豪炎寺が、サッカーをやめたなんて。あまりに衝撃的すぎて、声が出なかった。




「妹が事故に遭ったのは自分のせいだと思い、サッカーをやめた。…でも、円堂…雷門のキャプテンのおかげで、あいつはまたサッカーを始めたんだ。」




あのバンダナの彼は円堂くんというらしい。
私は、鬼道くんの話を聞いて、その円堂くんに感謝した。だって、円堂くんがいなかったら私はサッカーをする豪炎寺の姿を二度と見られなかったかもしれないから。


不意に、鬼道くんが立ち上がった。




「俺はもう行くが、お前は…」



『あ、私ももう帰ろうかな。』




私も立ち上がって洋服を軽くはたいた。そして鬼道くんを見る。




『いろいろ教えてくれてありがとう。』



「いや、大したことじゃない。…よかったら、名前を教えてくれないか?」



『私は山崎愛美だよ!』



「そうか、ありがとう。…じゃあな、山崎。」



『うん!』




そして鬼道くんは去っていった。その背中を見つめながら思うのは、木戸川の皆の事だった。今日聞いた事は、言わないでおこうかな。私から聞くより、本人から聞いた方がいいよね。いつかきっと、分かり合えるはずだから。
まだ豪炎寺のことが気になるけど、鬼道くんのおかげで少し楽になったかもしれない。
私は遠ざかる鬼道くんの背中に小さくありがとう、と呟くと、帰路についた。







真実




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鬼道と絡ませたかった。






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