長編

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ついにフットボールフロンティアの決勝戦が始まった。私たち木戸川も、雷門ベンチのすぐ近くでスタンドの最前列の席を陣取り、試合を観戦する。



試合が始まって数分しか経っていないのにも関わらず力の差は歴然として表れていて、雷門の選手は地面に倒れている。
世宇子の強さを見せつけられ、あまりの衝撃に私たちも声を発することができないでいた。


前半終了間近、世宇子のキャプテンがとどめだとでも言うように必殺シュートの体勢に入る。円堂くんも既に地面に倒れていて、必死に立ち上がろうとするも、ガクガクと震える足には力が入らずにいるようだった。




『…っ!』



また点を入れられてしまう、と目を伏せた瞬間に聞こえた、前半終了を知らせるホイッスルの音。

それにホッと息をつく。とりあえず助かった…
でも、雷門のベンチを見るとそうも言っていられない。
みんなかなりのダメージを負っていて、それは3人のマネージャーでは手当てしきれないほどだった。


それを見ているだけで何もできない自分が悔しくて情けなくて、無意識に拳を握りしめた。



思えば、いつだってそうだった。肝心な時に何もできなくて、みんなの為にしてあげられた事も数えるほどしかなくて。去年の決勝戦でも、この前の準決勝でも、私は泣いていることしかできなくて。そりゃあ、みんなの為に何かしようと努力はしていた。だけど、結果的にその努力はみんなの役に立ったのかは疑問だし、むしろ余計な事だったのかもしれない。




『…は、情けな…』



自嘲気味に笑う私を隣で見ていた勝は、まっすぐに前を向きながら口を開いた。




「…俺は、お前が何もできなかったなんて思ってないし。みたいな。」



『…え…』



どうして、私の考えている事が分かったんだろう。とか、そういうのは置いといて、勝のその言葉が純粋に嬉しい。




「…あなたは、いつも僕たちのために尽くしてくれていた。伝えるタイミングがなかっただけで、皆あなたには感謝しているんですよ。」



「そうそう。泣いてくれるのだって、それだけ俺たちの事を考えてくれてるって事だし?」




勝に続いて、友や努も口を開く。
なんだ、私はちゃんとみんなの役に立てていたんだ。そう思うと、嬉しくて涙が溢れてきた。




『あ、りがとう…っみんな…!』



「泣くなよ。…それより、ほら。」




西垣の目線を追うと、そこには豪炎寺の姿があった。彼はこちらを見つめていて、目が合う。彼が何を伝えたいのかは分からないけど、私の足は無意識に動いていた。




『…っ』



本来なら警備員によって閉ざされているはずのフィールドへ繋がる扉。
運よくそこに警備員はおらず、私はその扉を開いた。



バンッ



その音に驚いた雷門のみんなは、一斉に私の方を向いた。わけが分からない、という顔をしているけど、私も自分がわけ分からない。




「あなたは、木戸川の…」



そう呟くのは、前に河川敷で会った可愛い女の子。




『あの…っ手当て、手伝わせてください!』




私の言葉にますます混乱する雷門の選手たち。そんなみんなをよそに、マネージャーの子たちは一言、二言話すと頷き、私にテーピングやコールドスプレーなどを渡してきた。




「事情はあとで聞くわ。とりあえず今は手伝ってくださる?…響監督、いいですよね?」




ゆるくカールのかかった長い髪を持つ育ちのよさそうな女の子がそう言った。響と呼ばれた監督らしき人は、さして興味もなさそうに頷き、世宇子のベンチに視線を戻す。




『あ…っはい!』



それから、私は誰彼構わず怪我を負った選手の手当てをしていく。よく考えれば、違うチームのマネージャーがいきなり来て手当てだなんておかしいかも。ほとんどの人は私の名前も知らないだろうし。


今はそんな事考えてもしょうがない。
とにかく急いで手当てしないとハーフタイムが終わってしまう。

運よく私は武方たちの無茶な特訓に付き合わされ、頻繁に彼らの手当てをしていたのでこういうのは割と得意、というか慣れてしまった。まさかその経験がこんなところで役に立つとは。心の中で武方たちに感謝しながら、テキパキと手当てをしていく。



私は数人の手当てを終え、恐らく私が最後に手当てをするであろう人物の元へと向かう。




『…豪炎寺、』



「山崎…」




ベンチに座る彼を見る。さっき少しだけ右足を引き摺っていたのを見ると、痛めているんだろう。




『脚、痛いんでしょ?冷やすからソックス下ろして。』




私がそう言うと、素直にソックスを下げる豪炎寺。こうして見る限りでは、足首あたりが少し腫れているものの、そんなに大した怪我ではないらしい。よかった。




『スプレーするね。あと膝にも念のためアイシング。』




そう言って私は彼に氷の入ったアイシングを渡した。そして彼の足元にしゃがんでスプレーをする。



「…っ」




さすがに冷たかったのか、僅かに眉を潜める。でもそれも一瞬で、彼はスプレーをし終えて立ち上がった私を見上げた。




「悪いな。」



『ううん。役に立てて嬉しいよ。それに、ストライカーなんだから頑張ってもらわなきゃね?』




私がそう言って笑うと、豪炎寺は一瞬目を丸くしたものの、すぐに優しく微笑んだ。




「そうだな。」



『約束も、守ってもらわないと。』



「あぁ。」




2人で笑い合う。すると、審判が笛を吹いた。もう後半が始まってしまうという事だ。




『頑張ってね、豪炎寺。』



「あぁ。手当て、助かった。」



『うん。…行ってらっしゃい。』




私は豪炎寺や他の雷門の選手を見送ると、借りていた道具を眼鏡をかけたマネージャーの子に渡した。




『ありがとうございました。では、私は戻ります!』



「え…ここにいていいのに…!」



「手伝ってもらったんだし、ベンチにいても…」




眼鏡の子や河川敷の子が、ベンチに座る事を勧めてくる。すごく嬉しいし、お言葉に甘えたいんだけど、やっぱりできない。だから、私は皆に頭を下げた。




『すごく魅力的なお誘いなんだけど…やっぱりごめんなさい。でも、いきなり来た私を受け入れてくれて嬉しかった。みんなの役に立てて嬉しかったです。こちらこそ、ありがとう。それじゃあ!』




私は早く木戸川のみんなの元に戻ろうと走り出す。




「あ、あの!名前を教えてくれないかな!」




後ろから河川敷の子の声が聞こえて、足を止めて振り返る。




『木戸川清修2年、山崎愛美です!』




それだけ言って、お礼も聞かないままに私は再び走り出した。
もうすぐ後半が始まる。








行ってらっしゃい

今なら、堂々と言えるよ。
頑張って。






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