短編
□夏
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『あっつ……』
だんだんと気温も上がり、すこし体を動かすだけでじんわり汗をかくほどの暑さになってきた今日このごろ。
それは放課後である今も例外なく言えることで。
『(夏かぁ…)』
ぼんやりとそんな事を考えながら、靴箱までのろうかを歩く。
(今日はジメジメするなぁ…そういえば天気予報で夕方から雨って言ってたけど…)
『あ…』
(本当に降ってる。傘持ってきて良かったな。天気予報のお姉さんありがとう!)
心の中でひそかに感謝しながら靴箱で靴を履き替え、そこに置いていた傘を手に取った。
『あ、』
靴箱を出ると、同じクラスの豪炎寺くんが浮かない顔で空を見上げていた。
『(…そっか、今日は雨だから部活できないんだよね……でもこんなところで何してるんだろう……帰らないのかな……)』
疑問に思いながら豪炎寺くんを見ると、傘を持っていないことに気がついた。
『(傘がなくて帰れないんだ…このまま素通りするのもなんだし……よし、)』
『豪炎寺くん、』
「…あぁ、苗字。今帰りか?」
ゆっくりと振り返った豪炎寺くんはそう言った。
『うん、……もしかして傘ないの?』
「…うっかり、な…」
『そっか……』
「…………」
『…………』
沈黙。
『(どうしよう…早く帰りたいけどこのまま1人だけっていうのも申し訳ない……)』
『ご、豪炎寺くんっ』
「どうした?」
私は傘を差し出した。
『この傘、使って?』
私がそう言うと豪炎寺くんは鋭い目を丸くした。
「そんな事したらお前が…」
『いいの!私の家近いから走ればすぐだし!!その傘あげる…なんてかっこいい事は言えないけど!(お気に入りだし!)私に構わず、使って?』
「え、ちょっと…苗字!」
私は傘を無理やり彼に押し付けると、私を呼ぶ声にも振り向かず、走った。
家に帰るとすぐにお風呂に入って、体の冷えを解消。
あの後の豪炎寺くんが気になったけど、それはまた明日会ってから訊こうと思い、その日は早めにベッドに入った。
*********
そして次の日の朝、
支度をして、家を出るとそこには見知った顔があった。
『…え…豪炎寺、くん…?』
「あぁ、苗字、おはよう。」
『あ、おはよう…』
そう返してから、豪炎寺くんが私の傘を持っているのが分かった。
「傘、ありがとう。」
『あ、どういたしまして。…傘届けるためにわざわざうちまで?』
「あぁ。」
『学校のついでとかで良いのに…』
「俺はお前に助けられた身だからな。」
『(…さすが。律儀だなぁ……)』
「それに、」
『ん?』
「…一番に苗字に会いたかったしな…」
『…へ…』
なにそれ、どういう……
「そろそろ行こうか、」
『え、あ、うん…!』
私は彼の隣を歩きながら、胸の高鳴りを感じていた。
(あっつい……)
夏は始まったばかり。
そして、この恋も。
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