短編
□黄色の傘
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「あちゃー…」
梅雨。ジメジメとした気候で、雨がよく降る。今日も朝からどしゃ降りで、憂鬱な気分だったオレにさらに追い討ちをかけるように起きたハプニング。誰かがオレの傘を間違えて持っていってしまったらしい。まぁ、普通のビニール傘だし、仕方がないといえば仕方がない。でも自分の傘の場所くらいきちんと把握していてほしいものである。
「どうすっかなぁ…」
そんな感じでザァザァと音をたてている雨を見つめながら昇降口に突っ立っているわけだが、この雨は恐らくやむことはない。夜中まで降り続くと今朝の天気予報で言っていた。近くにコンビニはない。ここは覚悟を決めてこの雨の中を走って帰るしかないだろう。風邪をひいたりしたらキャプテンに怒られてしまうだろうけど、帰ってすぐにシャワーを浴びれば問題ないはず。そしてオレは走り出そうとした…が。
『あれ、黄瀬くん?』
「え、」
後ろから聞こえた透き通るようなキレイな声。その正体は、同じクラスの苗字さんだった。
今から帰るらしい彼女は何故か傘を2本持っている。
「苗字さん…?」
『やっほー』
そう言ってひらひらと手を振りながらこちらに近付いてくる苗字さんは誰とでも分け隔てなく接する子で、男女問わず人気のある、クラスでも中心的な人物である。そんな彼女は、モデルであるオレにも変に媚びたりしないし、割とサッパリしていて付き合いやすい。
彼女は女子バスケ部に所属していて、たまたまその練習を覗いたときに見たプレイがいまだに忘れられない。実はその時から彼女には興味津々である。彼女のプレイに対してなのか、彼女自身に対してなのかは分からないけど。少なくとも、楽しそうにバスケをする笑顔には惹かれたと思う。
『あれ、黄瀬くん傘ないの?』
「あー、誰かが間違って持っていっちゃったみたいで…」
『あら…それでこの雨の中傘をささずに行こうとしてたんだ。』
どうやら彼女にはバレていたらしい。なんだか悪いことをしているようで、返す言葉が見当たらない。視線を下に巡らせる。
『…黄瀬くんは、黄色と水色、どっちが好きかな?』
「え、あ、いや…どっちも好き、っスけど…」
突然の質問に戸惑ってしまう。しかも、好きな色の話とは。
『うーん、じゃあ黄色ね!』
なにがじゃあ、なのか分からない。そう思って視線を地面から彼女に移すと、手をオレの方に突き出していて、その手には黄色の傘が握られていた。
「え、これ…」
『私、傘2つあるから。』
「なんで2本あるんスか?」
『置き傘と、今日の朝使ったやつ。だからこれ、どうぞ?』
そう言って持たされた傘。本当にいいのか、と思ったが、本人の分の傘もあるし、正直この雨の中を傘なしで帰るのには少々厳しいものがあったので、ここは甘えさせてもらうことにした。
「じゃあ、借りるっス。」
『ん、黄瀬くん家どっちだっけ?』
傘を開きながらオレを見る苗字さん。他の子には教えないけど、この子なら信用できる気がするのでここは家ぐらいバレても問題ないだろう。
「校門出て左っス。」
『おっ、じゃあ私と一緒だ。途中までいいかな?』
もちろん。そう頷いてオレも傘を開き、2人並んで歩き出す。
『なんか黄瀬くんと一緒に帰るとか変な感じー』
「…そうっスか?」
『うん。だって、黄瀬くんって絶対女の子と一緒に帰ったりしないじゃん。むしろ避けてるというか…』
まぁ、それはファンの子たちだけっスね。そう考えると同時に、苗字さんはオレが気を悪くするかもしれないと思ったのかチラチラとオレの様子を伺っている事に気付いた。それがなんだか可愛くておもしろくて、ついいじめたくなってしまった。
「誰からも逃げるわけではないっスけど、基本学校では逃げてるっスね…でも、苗字さんは特別っスよ。」
『は…』
どこか抜けた声を出した苗字さんは、不意に立ち止まる。オレもその数歩先で立ち止まり、彼女を振り返った。傘に隠れて表情が見えない。
『期待、するじゃん…』
「え、」
今度はオレが間抜けな声を出す番だった。今、なんて言った。雨の音がうるさいけど、オレの耳にははっきりと届いた。いつもと違った、少し弱々しい声。
『じゃあ、私こっちだから!』
そう言ってばしゃばしゃと足音をたてて走り去る彼女。今のはなんだったんだ、と思った瞬間に見えたのは赤く染まった彼女の顔。口元が緩む。
「…明日、返さなきゃなぁ」
オレはそう呟きながら、黄色の傘をくるくると回した。
声をかけたら、どんな反応をするだろうか。明日が楽しみだ。
黄色の傘
梅雨も悪くないかもしれない。
(オレも、期待しちゃうっスよ?)
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ついに手を出してしまった黒バス…
サブジャンルばっかり増えていく魔法←
いやほんとごめんなさいすいません
黄瀬くん好きですはい
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