短編

□雨は好きですか?
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これの続き


梅雨は嫌い。ジメジメして気持ち悪いから。梅雨が好きな人なんているのだろうか。とにかく、毎年梅雨は憂鬱である。

今日もいつも通り部活を終えて帰ろうとしていると、家に傘を忘れたことを思い出した。
朝は降ってなかったからなぁ…
それに最近ボーッとすることが増えた。それで朝も傘を持って出るのを忘れたんだと思う。



『はぁ…』



それにしても、困った。置き傘も生憎今はない。でも雨が止むのを待っていたら恐らく朝になってしまうだろう。

目の前でザアザアと降り続く雨をぼんやりと眺めながら、頭の中でどうしようかと考える。コンビニはここから離れているから、走ってもそこにたどり着くまでにすでにびしょびしょ。却下。バス?この辺にバス停なんてあっただろうか。バス停を探していたらびしょびしょになるのでこれも使えない。あぁもう私頭悪い。もっと他にいい案…せめて誰か知ってる人がいれば…



「傘、ないんスか?」



背後から聞き覚えのある声がした。振り向くと予想通、最近私がボーッとしている原因である黄瀬くんが立っていて、その手には1本の傘があった。



『黄瀬くん…今日は傘あるんだね』
「オレだっていっつもうっかりしてるわけじゃないんスよ!」



むっと頬を膨らませてそう言う黄瀬くんが可愛くて思わず笑う。



「何が可笑しいんスかぁ!」
『ご、ごめんって…!』
「…もう。そんなことより、傘ないんスか?」
『あー、うん。朝ボーッとしてて忘れちゃった。』
「…じゃ、オレが助けてあげるっス。この前のお礼。」



黄瀬くんが言うこの前とは、彼が傘を忘れたときに私が傘を貸したことだと思う。そんなの、気にしなくていいのになぁ。意外と律儀らしい。



「ま、オレは傘1本しかないんスけどねー」



そう言いながら私を追い越し、傘をさして雨の中立ち止まってこっちを向く黄瀬くん。というか1本しかなくてどうやって私を助けてくれると言うのだろう。



「…?帰らないんスか?」
『えっ、でも…傘…』
「なに言ってんスか?ほら、早く入って」



ということはつまり相合い傘というやつか…?え?私と黄瀬くんが!?ありえない…でも黄瀬くんは明らかに私のスペースを明けてくれている。



『で、でも…っ』
「あれ、もしかして照れてる?」
『だ、って!黄瀬くんと相合い傘とかそんな…』



言葉がだんだん小さくなっていく。は、恥ずかしい…!顔が熱くて、今すぐここから逃げ出したい衝動にかられる。



「…もー、ほんと、勘弁して欲しいっス。」
『…っ』



もしかして、呆れられた…?私が早くしないから、怒らせてしまったかもしれない。そう思うと、俯いた顔を上げられない。制服のスカートをギュッと掴んで沈黙に耐える。

コツ、と黄瀬くんの靴の音が聞こえて、それは私の方に近付いてくる。私はもう謝るしかないと決意してパッと顔をあげた。



『あの、黄瀬く…っ』



瞬間、私の体はなにか温かいものに包まれた。視界の端に映るのは金色で、黄瀬くんに抱き締められているのが分かった。



「可愛すぎっス…」
『え、あの、黄瀬くん…!?ちょっと…!』
「…」



無視!?え、なにこれ何この状況!なんで抱き締められてるの?黄瀬くんのファンにこんなところ見られたら…考えただけでも恐ろしい。そんなことより私の心臓がもたない。とにかく黄瀬くんから離れようと腕を彼の胸に手をあてて、やんわりとだけど力を込める。あれ、びくともしないというかこれ気付かれてもいないんじゃ…!



『き、黄瀬くん、ほ、ほんとにあの…っ離して…』
「イヤ。」
『イヤ!?え、あの、でも、これ以上は心臓が大変なことに…!!』
「…はは、可愛い。」



そう言いながらようやく離れてくれた黄瀬くん。その顔は見たこともないような優しい笑顔で、見とれる程だった。



『なんで、こんなこと…』


もしかしたらからかわれただけかもしれない。それなのにバカみたいにドキドキして、そんなの泣きたい。



「好きだから。」
『…は、』
「この前から結構本気で好きっス。」



そう言う彼の瞳は真剣で、真っ直ぐに私を捉えている。



『えっと…ちょっといきなりすぎて意味が…』
「…アンタが欲しい。…分かったでしょ?」
『…!』



気付けば目の前に黄瀬くんの顔があって、声を出す間もなく塞がれた唇。彼の手から傘が落ちて、音をたてた。片手で腕を掴まれてもう片方の手で後頭部を固定される。



『ん、ふ…』
「は…っ」



何度か角度を変えながら口付けをされ、やっと唇が離れたときには私の体の力が抜け、黄瀬くんに抱き抱えられる形になっていた。



『黄瀬、くん…っ』
「あーもう、そんな顔しないで。…帰したくなくなるっス。」
『私も好き、です…』



そう言うと再び抱き締められる。今度は私も彼を抱き締め返した。



「オレだって、ギリギリなんスよ?」



耳元で囁かれ、くすぐったくて身を捩る。いつもと違う低い声に背筋がゾクリとした。






雨は好きですか?

(いま、大好きになりました。)





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