短編

□やさしいひと
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とある水曜日。今日もいつもと変わらず電車で学校へ向かう。低血圧の私は、朝と満員電車が大の苦手である。低血圧じゃなくても満員電車はイヤだけど。それでも私は学校へ行かなければいけないため、憂鬱な気持ちでホームに立ち、意味もなく携帯を開いたり閉じたりしながら電車を待つ。

しばらくすると電車が来て、ドアが開く。そこに乗り込もうとすると、車内に見覚えのある姿を発見した。



『笠松くん?』
「あれ、苗字?」



私が声をかけると、驚いたように目を見開く笠松くん。今までこの電車で会ったことがないのだから、当然の反応だと思う。私もびっくりしたし。なんで2年半も同じ電車に乗ってるのに今まで会わなかったんだろう…車両が違ったにしてもな…

とりあえず電車に乗り込み、笠松くんの隣に立つ。



『笠松くんもこの電車だったんだね』
「あぁ、なんで今まで会わなかったんだろうな…」
『いつも混んでるからね…』



改めて彼と並んでみると、身長が高い。恐らく180cmくらい。いつも1年生のモデル君と一緒にいるからそうは見えないかもしれないけど、私からすれば笠松くんも結構な長身だ。顔を見ながら話すとなると少し首が痛い。もしあのモデル君とこうして話すとなれば、私の首は限界を超えてしまうかもしれない。

なんてどうでもいいことを考えていると、不意に感じた下半身への違和感。これだけぎゅうぎゅうなのだから、電車が揺れた拍子に鞄か何かが少し当たっただけかもしれない…なんて私の甘い考えは一瞬で崩れ去った。



『…っ!』



完全に触られている。痴漢だ。なで回すように触られ、ぞわぞわと鳥肌がたつ。どうしよう。痴漢なんて初めてだからどうしたらいいのか分からない。
こんなところで大声を出すなんてできないし、笠松くんも気が付いていないらしい。どうしよう、気持ち悪い…私の目にはじわりと涙が浮かぶ。
堪らなくなって目の前にある笠松くんの制服をぎゅっと掴むと、彼は私の異変に気付いたらしく、私の方に顔を寄せてきた。



「どうした?」



心配そうに尋ねてくる笠松くんとの顔が近いだとか、そんな余裕なんてないはずなのに頭のどこかでぼんやりとそう思った。



『触られてる…っ』
「!」



たったそれだけの言葉で理解してくれた笠松くんは、痴漢をしている人を見つけたのか目を鋭く尖らせた。

そして素早く私の体に触れていた手を掴み上げる。



「…おいアンタ、何してんだよ」



いつもより数段低い声に驚きながらも、私は心のどこかで安心感を抱いた。


男は次の駅で降ろされ、警察に引き渡された。私たちも事情聴取のためその駅で降り、遅刻確定となってしまった。



『ごめん、私のせいで…』



事情聴取から解放された私たちは2人で人がまばらにしかいなくなったホームを歩く。
私が謝ると、笠松くんははぁ?と言いながら私を見た。



「バカ、お前は悪くねーよ。あの変態が悪い。」



いつもの口調だけど、どこか柔らかい言い方に笠松くんの優しさを感じた。私を気遣ってのことなんだと思うけど、そんな不器用なところがなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。



「あ、てめ、何笑ってんだよ」
『ふふ、ごめんごめん』



笠松くんは私の額を軽く小突くと、そのままわしゃっと頭を撫でる。



「…悪かったな、もっと早く気付いてやれなくて。」
『え…』



思わず彼を見上げると、真剣な目が真っ直ぐに私を見ていた。どちらからともなく2人して立ち止まると、静かな空気が流れる。



『…ううん、笠松くんが謝ることない。』
「…でもお前、涙目だったじゃねぇか…」
『それは、そうだけど…でも、笠松くんが助けてくれて嬉しかったし、ドキドキしたよ?』
「…は…」



私の予想外の言葉に一瞬固まる笠松くん。そしてすぐに顔を真っ赤に染める。



「な、おま、お前…っ」
『あれ、照れてる?』



ちょっと意地悪すると、知るか!とスタスタ歩いて行ってしまう。その後ろ姿を見て小さく笑っていると、数メートル先にいる彼が振り向いた。



「置いてくぞ!」



半ばやけくそのように叫ぶ彼。でもその顔は赤いままで、置いていくなんてきっと嘘。そう分かっていても私は小走りで彼のもとへ行き、隣に並んだ。






やさしいひと

(これだから女は苦手なんだ…)
(ん?)
(なんでもねぇ!)



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笠松先輩の女子が苦手っていう設定を慌てて最後に付け足した(^q^)

痴漢ダメ、絶対。



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