短編

□手のひら
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私は今、人生でトップ3に入るほどのピンチを迎えている。

こう言えば大袈裟だと思われるかもしれないが、実際そう言っても過言ではないほどにピンチなのである。



『うぅ…』



具合が悪い。私は、胃がムカムカして吐きそうなのに吐けないこのなんとも気持ち悪い状況に陥っていた。

私が体調を崩すのは珍しく、ここまでの具合の悪さは何年ぶりかの体験。だから耐性がないのか、もう死ぬんじゃないかと錯覚するほど苦しんでいた。

休み時間、お友達の桃井さつきちゃんが心配そうな顔で私の席にやってきた。そんな顔しないでさつきちゃん。せっかくの可愛い顔が台無し…いやでもそんな顔しても可愛いね…なんて考えている私は意外にも余裕があるのかもしれない。いや、やっぱダメだ。



「名前ちゃん、ほんとに大丈夫?顔色悪いよ…」
『…あは、大丈夫だよさつきちゃん…これくらいどうってことない…』
「でも…っ」



無理に笑ってみても無駄らしく、さつきちゃんの心配そうな表情は変わらない。
普段は聞き分けのいいさつきちゃんがここまで食い下がるとは。初めて私がダウンしているのを見て動揺してるんだと思う。ああもうごめんねさつきちゃん…



「やっぱり、今日は帰った方がいいよ…!少しでも早く休まないと…」
『さつきちゃん…』



さつきちゃんがここまで言うなら、今日はもう早退しようかなぁ…これ以上心配かけたくないしこのまま学校にいても色んな人に迷惑をかけるのが目に見えてる。でも…帰りたくても体が動かない。とうとう動けなくなるまできてしまった…こうなることなら早く帰ればよかったかなぁ…



「早く帰れよ、ブス」



不意に隣からそんな声がした。手放しかけてた意識は一気に引き戻され、隣を見ると当たり前ながら隣の席である青峰くんが頬杖をつきながらこっちを見ていた。



「ちょ、ちょっと青峰くん!女の子…しかも体調崩してるのにそんな言い方…!」



さつきちゃんが必死に声をあげる。私もいつもなら勢いよく反論していただろうけど、残念ながら今は声を出すことすら億劫である。そうだねごめんね青峰くんにさつきちゃん…迷惑だよね私…なんてネガティブ思考に走っていると、青峰くんが突然私の腕を強く、それでいて痛みを感じない程度の力で掴んで私を立ち上がらせた。



『え、あ、青峰くん…』
「青峰くん!?」



いきなりの事に驚いた私とさつきちゃんがほぼ同時に彼の名前を呼ぶ。
私は自力で立っているのも困難な状態なのに、青峰くんの腕一本で立っている体勢を保つことができていた。どんな力してんの…



『えっと…青峰くん…?』
「いいから、着いてこいブス」
『ちょ、さっきからブスブス酷い…』



私が若干息を乱しつつも弱々しく反論すれば、青峰くんはため息をついた。



「…無理してほしくねーのに言うこときかねぇからだ、ブス」



またブスって…
でも、青峰くんのその言葉からは彼の優しさが感じられた。要するに心配してくれてたってこと?なんて都合よく考えすぎたかな…と思っていると、青峰くんは私の鞄を持って出口に向かって歩き出した。腕を掴まれたままの私は彼に着いていくしかなく、フラフラ不安定な足取りのまま歩く。

廊下に出てしばらく歩いていると、私のペースに合わせているといつまでたっても進まないと判断したらしい青峰くんは自分の頭をガシガシとかき、半歩ほど後ろにいる私を見下ろした。



「…ちょっと我慢しろよ。」
『へ、』



なにが?と言う前に私の体は妙な浮遊感に襲われていた。地面から足が浮き、その膝裏と背中あたりにはがっしりとした、彼の腕が。これって俗に言うお姫様とかいう…!?



『ちょ、あ、青峰くん…!?』
「大人しくしてろ。とりあえず保健室まで我慢な。」



あたふたする私をスルーして再び歩き出す青峰くん。な、なんだこの状況は。周りの視線が痛くて恥ずかしい…!恥ずかしすぎて死ねるレベル。

ひとりで慌てているとあっという間に保健室に着いたらしく、私は青峰くんによって意外に優しくベッドへと降ろされた。



「歩けるようになるまで寝てろ。」
『え、…はい。』
「歩けるようになっても1人で帰んなよ。オレかさつき呼べ。」
『…は、い。』
「…やっぱお前信用できねぇわ。オレもここにいる。」
『いや、授業…』
「いーんだよ。もともと授業なんてろくに出てねぇし」
『でも、私のせいで青峰くんがサボるとか罪悪感半端ないです…』
「…病人がいらん心配すんな。はよ寝ろ。」
『…う、うん…』



そして私はもぞもぞとベッドに潜った。横になるだけでいくらか楽になった気がする。
青峰くんはベッドの横にある椅子に腰掛け、私が寝付くのを待っているようだった。



『…青峰くん』
「…んだよ、寝ろ。」
『寝る、けど…その、ありがとう』
「…別に。お前が元気ねぇと調子狂うだろ。」



そう言って私の額をコツン、と小突いた青峰くんは今までに見たことがないくらい穏やかな顔をしていた。
そのまま頭を撫でられ、その手が優しくて温かくてひどく安心する。
やがて睡魔がやってきて、私はそれを受け入れ、徐々に目蓋を閉じていく。意識を手放す直前に青峰くんの声が聞こえた気がした。





手のひら

(早く治せよ、バァカ)


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