短編

□彼女とマフラー
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太陽が沈みきった寒空の下、オレと名前は2人で帰路を歩いていた。
辺りは静まり返っていてオレ達の間にも会話はなく、2人分の足音だけを聞きながらただ足を進める。



『さむ…』



隣で呟かれた声は聞き落としてしまうほどの小ささだったが、この静かな住宅街でオレの耳に届くには十分だった。

横目でちらりと彼女を見ると、マフラーも巻いていない首元はこの冷たい空気に晒されている。女が体冷やしてんじゃねぇよ。



「…ほら」
『!』



オレは彼女に自分の巻いていたマフラーを渡した。黄瀬や森山あたりなら巻いてやったりするのだろうが、そんな事オレには恥ずかしくて真似できない。今だって、目を合わせるのが恥ずかしくて彼女から顔を背けながらマフラーを渡すので精一杯だ。



『あ、ありがとう…!』
「…おう。」



嬉しそうにオレのマフラーを巻く彼女のお礼に対してもなんだか照れ臭くて、ただ短い返事をした。

…なんで、オレだったのか。
こいつは可愛いし性格もいい、女が苦手なオレから見てもいい女だと分かるほどには魅力的なやつだ。
そんな女が何故オレみたいにぶっきらぼうな男を選んだのだろうと、よく不思議になる。
もっと女心を理解していて気の利くやつの方が、お前を幸せにしてくれるんじゃないのか、と。
我ながら情けないことを考えるものだ。



『…私はね、笠松くん。』
「…ん?」



ぼんやりと考え事をしていたせいか、返事が少し遅れてしまった。
それを疑問に思った様子もない彼女は続けて話し出す。



『私は、笠松くんが好きなの。どんなに不器用でもぶっきらぼうでも、それを全部ひっくるめて笠松くんに惚れたんだよ。他の人なんて関係ない。私はそのままの優しい笠松くんがいいの…!』
「…な、んで」



思わず足を止めた。
なんでオレの考えた事が分かるんだ。そう言いたいのを察したらしい彼女はオレの数歩先で立ち止まり、こちらを向いてにっこりと笑う。



『笠松くん見てたら考えてることくらい分かるよ。…ずっと、見てきたんだから。』
「な…」



どうして、聞いているオレがこんなに照れなくてはいけないんだ。真っ赤な顔を隠すように、片手を口にあてた。



『…なんて、クサかった?』



茶化すように肩をすくめる彼女に近付き、その小さい体をぎゅっと抱き締めた。
心臓は爆発しそうになっているというのに、頭の中では抱き締めるのはこれが初めてだな、なんて考えた。





彼女とマフラー



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笠松先輩に優しくされたい。


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