短編

□Your name
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学校帰りに寄ったマジバの一番奥の席。この寒い季節にはそぐわない、バニラシェイクを飲みながら目の前でハンバーガーにかぶり付く黄瀬と雑談を交わす。
見かけによらず豪快な食べっぷりをしているなぁ、とぼんやり考えながらバニラシェイクをすすった。

ふと、彼が私をじっと見つめている事に気が付いた。
ストローから口を離し、どうかした?と尋ねる。



「…名前って、オレのこと名前で呼ばないっスね。」



ちょっと拗ねたような顔をしている黄瀬はいつの間にかハンバーガーを食べ終えていた。…たしかに、私は彼を名前で呼ばない。でもそれにはちゃんと理由があった。恥ずかしいというだけなんだけど。何度も名前で呼ぼうとは思ったけど、タイミングとか緊張とか色んな理由で未だに呼べていない。
さすがに、不安を感じたのだろうか。



『…呼んでほしい、よね』
「そりゃまぁ…一応付き合ってるんだし…」



…ですよね。なんだか微妙な空気になってしまった。それに耐えられず再びバニラシェイクをすすろうとしたが、もう残り少なくてすぐになくなってしまった。あーあ、こんなタイミングで。

飲み終わったなら、出ようか。という黄瀬の声で店の外に出た。
私の半歩先を歩く彼の背中は、寒さのせいで丸まっていて、それが少し悲しそうで、怒っているようにも見えた。
いつも繋いでいる手が今日は繋がれていなくて、冷たい。
そのまま無言で歩き続けて、あっという間に私の家の前。
早いなぁ、と寂しさが込み上げてくる。
それじゃあ、と踵を返そうとした彼の服を慌ててつかんだ。



「…?名前?」
『あ、えっと…』



反射的に服をつかんだまでは良かったけど、それから先どうすればいいか考えていなかった。ああ、私バカだなぁ。さっさと彼の名前を呼んでしまえばいいのに、それができない。へたれか。
…もう、思い切って呼んじゃえ。



『…また、明日ね。…涼太。』



うわああ呼んじゃった恥ずかしい。そして返事がない。やっぱり今のタイミングではまずかっただろうか、と心配になってちらりと見上げてみると、彼は私と同じくらい顔を真っ赤にしていた。



『…真っ赤。』
「名前のせい…!」



一応喜んでくれたのかな、と思うと照れくさいけど嬉しくなって、彼の腕の中でえへへ、と笑みがこぼれた。



「あーもう、可愛い…」



ぎゅう、と少し痛いくらいに抱き締められてここが家の前だということも忘れて私もその大きな体を抱き締め返した。肺いっぱいに大好きな匂いが広がって、一層彼が好きになる。

体を離してキスをして、名前を呼び合ってまた抱き合って。
しあわせだなぁ、と呟くとオレも、と返ってくるのが少し恥ずかしいけど嬉しくて幸せ。
呼び方ひとつで2人ともこんなに嬉しいなんて知らなかった。今までもったいない事をしていたんだなぁ。
これからは、何度でも君の名前を呼ぶよ。






Your name


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