短編

□情熱カウンター
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また、だ。背中に突き刺さるのはきっと黄瀬くんの視線。また、というのは今までにこの感じを何度も味わっているから。彼はたぶん私のことが好き。自惚れてるって言われることが分かりきってるから誰にも言わない。だけど、そう思わずにはいられないのだ。彼の視線が熱すぎて。

私はいつもその熱視線に気付かないふりをする。決して彼の反応を見て楽しんでいるわけではないけど、私から話しかけるのはなんだか癪というか。私の中のくだらないプライドが、自分から彼に接触することを拒んでいる。

私は良い意味でも悪い意味でも普通の女子だと思う。落ち着いているとはよく言われるけど、この年齢で落ち着きすぎているのもいかがなものか。かと言って他の子みたいに可愛い声も出ないしあんなにテンションを高く保つなんて無理だ。朝早く起きて化粧やら髪の毛やらに時間をかけるぐらいなら、その分寝ていたい。(我ながら若者っぽくない)こんなつまらない女を好きになるなんて、黄瀬くんって意外に見る目ないのかと若干失礼なことを考えた。

ふと、先生に頼まれていた用事を思い出して席を立つ(集めていたクラス全員分のノートを取りに来いとかなんとか)。その瞬間私の左腕は何者かに掴まれた。驚いてそちらを見ると、そこに立っていたのは黄瀬くんで、いつの間に近付かれていたんだ。と思ったことを悟らせないようになんとか隠し、どうしたの?とあくまでも平然と問いかける。



「…ちょっと、いいっスか。」
『え、ああ…いいけど。』



先生に頼まれていた用事は、まぁ後でいいか。この呼び出しを断るにも黄瀬くんの有無を言わせないような態度を見ると、そんなことできるはずなかった。何を言われるんだろうか、と少し胸がざわつく。

教室を出て少し歩くと黄瀬くんが足を止めたのは人気のない廊下。私も立ち止まり彼が何か言うのを待つ。
正直、早く戻りたい。用事を思い出したからには早く済ませたいし、それより彼のファンにこんな場面を目撃されてしまえば、誤解されて嫌がらせを受ける羽目になりかねない。実際のところはどうなるかなんて知らないけど。



「気付いてるんスよね?」
『え?』
「オレが、あんたのこと好きだって。」
『…』



気付いてることに気付かれていたなんて。私は思わず黙ってしまった。沈黙は肯定、そう思ったらしい彼は私の顔の横に手をついて、私は壁と彼に挟まれる。背中にひやりとした壁の温度を感じた。ああ、しまった。



「気付いてないとでも思った?」
『ちょ、黄瀬くん…』
「本当はまだこんなこと言うつもりはなかったんスけど…オレ苗字サンのこと好きっス。」



黄瀬くんは息がかかりそうなほど顔を近付けて、やたら艶っぽい声でそう言った。やっぱり整った顔してるんだな。



「オレの反応見て楽しんでたんスか?」
『ちが、そんなつもりは…』
「まぁ、なんでもいいっスよ。関係ないんで。オレはあんたの生温い遊びに付き合ってやるほど優しくなんかねぇよ、覚悟しとけ。…これだけ言いたかったんス。」
『は、』



彼の顔が視界から消えた、と思ったと同時に感じたのは首への小さな痛み。噛みつかれた。これは、食われるな。と危険を察知した私が彼の腕から逃げないのは、少なからず私も彼を好いているからだろう。






情熱カウンター
いつものさわやかで余裕綽々な彼はどこかへ消えた


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