短編

□こころ、安定を失くす
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手には担任に頼まれた山積みの資料。私はそれを抱えて資料室まで足を向けていた。
まったく、先生もひどいものだ。仮にもか弱い女子生徒にこんな大荷物を託すとは。しかも資料室なんて地味に遠くてイヤになる。資料のせいで目の前はよく見えないし、見ようとするとバランスを崩しかねない。ああもう、とっとと資料室に運ぼう。
そう思って廊下の角を曲がったその瞬間、資料の向こうに人の影が見えた。



『あ、ぶな…!』



突然のことでバランスを崩し、ぎゅっと目を瞑りながら資料を廊下にぶちまけるという近い未来を想像した。しかしそれはいつまでたっても訪れてこない。不思議に思ってそっと目を開けると、視界に赤い髪がちらついた。



「…大丈夫か?」
『あ…赤司くん…!』



赤司征十郎。赤い髪に左右で異なる色の瞳と、漫画のような容姿を持つ彼は外見も去ることながら成績は優秀、1年生にしてあれだけの人数がいるバスケ部の人間すべてを従えているという、ある種の恐怖をも感じさせるものを持っている。その正体が何なのかはいまいち分からないけど。

私の中での彼は、冷たいイメージだった。学校生活の中で感情を外に出すことはほぼないし、他の生徒と親しげに話しているところも見たことがない。必要最低限の話はするようではあるけど、相手が完全にびびってしまっている。クラスで浮いている、というより馴れ合わない感じで、それはそれは近寄りがたい存在。
私がこんなイメージを持っている彼が今、倒れかけた資料を片手で支え、もう片方の手ではバランスを崩した私の腕をつかんでいた。



『ごめん…!ぶつからなかった?』
「僕は大丈夫。君も転ばなくてよかった。…にしても、その荷物を1人で?」
『あ、うん。先生に頼まれちゃって。』



バランスを整えた私は改めて赤司くんを見る。彼は少し眉を寄せていて何か考えているようだった。



「女子1人にこれだけ持たせるなんて…それに、君も君だ。誰かに手伝ってもらえばいいものを…」



え、なんか説教されてる?



『ごめん、なさい』



彼の威圧感と勢いでなぜか謝ってしまった。彼は私を見て驚いたように目を丸めると、僅かに笑ってみせた。(綺麗な笑い方…)



「素直な子は好きだよ。僕が手伝おう。」
『へ、え、てつだ…!?』



私が慌ててわけわからない事を言っているうちに、赤司くんは私の手から半分以上の資料をさらった。そのおかげで視界がよくなる。



『あ、赤司くん…!悪いよ…』
「ひとりで危なっかしい君を放っておけと?」
『う…そ、れは…』



口ごもる私を見た赤司くんは、やれやれ、といった感じでため息をついてくるりと方向を変えた。そしてそのままスタスタと歩いていく。私は慌ててそのあとを追い、彼の隣に並ぶ。



『ど、どこ行くの…?』
「…資料室だろう?」



彼はしれっと答える。これは完全に運んでくれる気満々だ。正直なところ、この重たい荷物をひとりで運ぶにはいろんな面で限界を感じていたし、ここは赤司くんのご厚意に甘えてしまおうか。



『本当に、いいの?』
「何度も言っているだろう、手伝うと。」
『じ、じゃあ…お願い、します。』



なんとなく申し訳ないと思いながら2人で廊下を歩く。そして資料室に着くと、そこに資料を置いてすぐに退室した。



『ごめんね、手伝わせちゃって…ありがとう。』
「気にすることはないさ。僕が自分から言い出したことだ。」



赤司くんはそう言うとまた微笑んでみせた。なんか、やたら綺麗な顔だし笑顔なんて貴重だし…少しどきっとする。

私は一応先生に資料を運び終えたと伝えるため、赤司くんとはそこでわかれて職員室へ向かった。

先生への報告をしてから私は教室に戻り、すぐ赤司くんの席へ向かった。



『あの、赤司くん!』
「…ん?」



読書をしていた彼はゆっくりと顔を上げ、私を見る。



『さっきは本当にありがとう!』
「だから気にするなと…」
『ううん、私お礼がしたくて…!』
「…ああ。」



赤司くんは本を閉じて体ごと私の方を向いた。よかった、ちゃんと話を聞いてくれるらしい。



『えっと、大したものじゃないんだけど…コーヒーを…!あ、苦いのダメかと思ってこれも…それもダメだったらこっち!』



私は焦ったようにそう言いながら教室に戻る途中で買った紙パックのコーヒー、いちご牛乳、お茶を赤司くんの机の上に置いた。彼はそれを見ると小さく笑いながらコーヒーを手に取る。



「じゃあ、コーヒーをいただこうかな。」



そう言ったときの赤司くんの可笑しそうに笑う顔が瞼に焼き付いて、夜も眠れません。





こころ、安定を失くす
どうしてこんなにふわふわ落ち着きがないのか、



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お題はひよこ屋様より。



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