□ささやかな幸せを
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ハル、ちゃんと恋人らしいことはしてあげてるの?
真琴の言葉で頭の中にはアイツの能天気な笑顔が浮かんだ。恋人といえば彼女しかいない。しかし、真琴は突然何を言い出すのか。俺のそんな考えが伝わったのか、真琴は肩を竦めてゆるく笑う。


「デートとか、プレゼントとかさ。お互い部活があるから、デートは難しいかもしれないけど。」
「…」



考えたこともなかった。いつも俺の隣でにこにこしている名前は、そういう素振りを見せることも強請ることもなかった。だから俺は、アイツがデートやプレゼントなどというものを求めてはいないのだと勝手に思っていた。
思い返してみると、ちゃんとしたデートもしたことがなく、たまに一緒に帰るくらいだしプレゼントだってろくにしたことがない。



「…やっぱり、何かした方がいいのか?」
「そりゃあ、した方がいいよ。来週は記念日でしょ?ちょうどいい機会だと思うよ。」



…なぜ真琴が俺達の記念日をわざわざ覚えているのかは置いておいて、俺は思考を巡らせる。デートは、真琴も言ったようにお互い部活があるから難しい。となると、やはりプレゼントか。でも何がいいか分からない。アイツなら何を貰っても喜びそうな気もするが、どうせなら少しでも気に入ってもらえるものがいいだろう。
黙って考え込む俺を見て真琴が微笑んでいるのを、俺は知らない。


次の日、俺は部活が終わってから、練習メニューを考えている松岡に近付いた。



「遙先輩?どうしたんですか?」
「…記念日に、何をプレゼントされたら嬉しい?」
「え?」



突然の質問に松岡は首をかしげるが、事情を察したらしくああ、と言って顔をニヤつかせた。なんとなく凛を思い出させる表情だ。



「ふふ、名前先輩ですね?」
「…」
「何でも喜びそうですけど、無難なのはアクセサリー類ですかね…名前先輩、そういう小物系が好きみたいですし。ネックレスとかどうですか?」
「…ネックレス…」



俺には縁のなかったものだ。さすがにその存在自体は知っているが、買ったこともなければつけたこともない。果たして俺に選べるのだろうか。なかなかハードルが高いようだ。



「そうだ、駅前のお店に名前先輩が好きそうなデザインの小物が揃ってました!あそこなら、いいものがあるかもしれませんよ!」



駅前というと、あの店か。参考までに少し寄ってみるのも悪くない。俺は松岡に礼を言って、着替えるために部室へ向かった。

真琴達には先に帰ってもらい、やってきたのはさっき松岡に勧められた店。確かにアイツの好きそうな、シンプルめな小物が集められていた。
ネックレスのコーナーへ行きひとつひとつ眺めるが、どうも分からない。ハートだったり星だったり、デザインが違うのは分かるが選ぶ基準が分からないのだ。また出直すか、と諦めようとしたとき俺の目に入ったのは、イルカをモチーフにしたネックレスだった。思わずそれを手に取る。アイツがこれをつけている姿を想像してみると、やけにしっくりきた。シンプルだし、これなら学校にもつけて行けるかもしれない。気付けば、店員のありがとうございました、という声とともに俺は店の外に出ていた。小さな袋を持って。


あっという間にその日はやってきて、プレゼントを渡すタイミングを見計らっているともう放課後になっていた。とりあえずは部活に向かうことにするが、その前に同じく部活に向かおうとしている名前を呼び止めた。



『どうしたの?』
「…今日は、一緒に帰ろう。」



そう言うと名前は目を輝かせ、勢い良く頷く。校門で待ち合わせる約束をして、手を振って別れた。そういえば、こうして待ち合わせするのも久しぶりだ。今まで、一緒に帰るのはたまたま時間が被るときくらいだった。

約束をしてからはなんとなく落ち着かず、泳いでいる間もそわそわしてしまった。部活が終わるのを少しでも楽しみにしたのは、初めてだ。



「悪い、待たせた。」
『ううん、大丈夫。お疲れ様。』



部活が終わってから急いで校門に行くと、既に名前はそこにいた。
(部室を出るとき渚達にからかわれたけど無視してきた)
俺は名前の言葉に頷いて、彼女の手を取り歩き出す。なんとなく、名前が笑った気がした。



『今日、何の日か覚えてる?』
「ああ。」
『意外、忘れてそうだったのに。』



楽しそうに笑う名前に少なからずムッとした。俺だってそのくらいは覚えている。俺が立ち止まると、それに倣って名前も足止めた。



「…ん。」



繋いでいた手を離して、ポケットに忍ばせていた小さな袋を差し出す。何の脈略もない俺の行動に、名前は不思議そうにしながらもそれを受け取る。



「やる。」
『え、えっ…いいの?』
「ああ。」
『開けてもいい?』
「…ああ。」



喜ぶだろうか、と一瞬不安になるが今更そんなことを悩んでも仕方がない。俺は名前が袋を開けるのを見守る。袋に入っていたネックレスが、彼女の手によってするりと現れた。



『わあ…イルカ…!』



顔を綻ばせる名前を見て、内心ほっとした。少しは気に入ってもらえたらしい。



『ありがとうハル!大切にする!』
「…そうか。」



うん、と嬉しそうに頷いてネックレスを見つめる名前の手からそれを抜き取る。戸惑う彼女に後ろを向くように言うと、大人しく俺に背を向けた。



「…ほら。」
『え、わ…!』



俺がネックレスをつけてやると、やはりそれは名前によく似合っていた。シルバーのイルカが、夕陽を反射してキラキラと眩しい。



『ありがとう、ハル。』
「ん。」



本当に嬉しい、と言いながら名前は抱き着いてきた。彼女の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
そういえば、よく渚が俺のことをイルカのようだと言う。だから俺も無意識にイルカのネックレスを選んだのかもしれないし、こいつだってこんなに喜んでいるのかもしれない。



『私、ハルに何も用意できてないけど』
「別にいい。…名前。」



名前を呼ぶと素直に顔をあげる彼女の唇に、自分のそれを重ねた。短い口付けのあと唇を離し、お互い抱き締め合う。



『私、幸せだよ。』
「…ん。」



名前といると、よく胸がじんわりと温かくなるのを感じる。もちろん今も。これはきっと、俺も幸せだということだろう。普段はあまりこうして抱き合ったりキスをすることはないが、たまにはこんなのも悪くないと思う。珍しく、自分の口角があがったのを感じた。





ささやかな幸せを



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ハルちゃんのネックレスを
買ったときに思いついたネタでした。

最近ハルちゃん好きすぎて…;

少し長くなってしまいましたが、
読んでくださってありがとうございます。



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