□飛び込んだ先
1ページ/1ページ



とある日曜日。学校も部活も休みだというのに、私はハルに呼び出されて学校のプールにいた。どうしてもプールで泳ぎたかったらしい。イルカのように、気持ち良さそうに泳ぐ彼をプールサイドに腰をおろして見守る。昔から変わらない、自由な泳ぎはハル自身を表現しているようだ。こうしていると、昔に戻ったみたいだとしみじみしてしまう。

思えば、私の初恋はハルだった。現在進行形だけど。初めてあの泳ぎを見た時、ハルから目が逸らせなくなって、たぶん一目惚れだった。それから彼と接していくうちにだんだんその性格が分かって、ますます好きになった。無愛想だけど本当は優しいところ、ぼーっとしているようで人のことをちゃんと見ているところ。知れば知るほど好きになって、今ではすっかりハルの虜というわけだ。

長年の片想いのせいか、彼氏だっていたことがない。ハルは私のことどう思ってるんだろう、なんて考えるのはやめた。あの何を考えているか分からない目からは、私では何も汲み取れない。真琴ならハルの考えは顔を見ただけで大体分かる。その差がちょっと悔しい。
最近では彼と恋人とかそういう関係にならなくても、このまま幼馴染みという形で傍にいられるだけでいいかも知れないと思い始めてきた。

ぼーっと水面を見つめながら物思いに耽っていると、ハルがプールから上がってきた。頭を左右に振って水を払う仕草は、昔と変わらない。私は座ったまま、彼にタオルを渡す。



『もういいの?』
「…休憩。」



つまり、まだ泳ぐつもりらしい。ハルはタオルで軽く体を拭うと、私の隣に座る。持っていた某スポーツ飲料のペットボトルを無言で渡すとハルも無言で受け取って二口ほど飲んだ。そしてキャップを開けたまま私に差し出す。お前も飲め、ってことだよね。これくらいなら彼の言いたいことはなんとなく分かる。



『ありがと。』



受け取って一口飲むと、少し甘いスポーツ飲料独特の味が口に広がった。
間接キス程度ではもうドキドキしなくなったのは、果たしていいことなのか悪いことなのか。中身が3分の1くらいに減ったペットボトルをハルに返すと、キャップを閉めて側に置いた。

不意に、ハルと肩が触れそうなほど近いことに気付いた。あ、こっちにはちょっとドキドキする。ハルに気付かれないようにそっと横顔を見た。髪から落ちた水滴が首筋をなぞりながら鎖骨へと到達して、それがなんとも言えない色気を演出しているように思える。思わずその水滴を拭おうと手を伸ばして彼の鎖骨に触れた瞬間、私の手は捕らえられた。もちろんハルの手で。驚いて見上げると、何してんだ、と言いたげな瞳と視線が絡む。



『…ごめん、水垂れてるのが気になっちゃって。』
「…」



素直に言うと、ハルは手を離した。なのに、私の手首からは久しぶりに直接触れた彼の体温が消えない。少しひんやりした温度と、角張った感触が。



『…私さ、ハルが好き。』



無意識に口走っていた。数秒遅れて自分が言ったことを理解して、我にかえるとなんてことを言ってしまったんだと激しく後悔。それと同時に顔がありえないくらい熱くなって、頭がクラクラする。咄嗟に立ち上がってハルと距離をとった。



『ご、ごめん今のはなんていうか、』
「…おい。」
『わ、私先に帰るね!』



それだけ言ってハルに背を向けて勢い良く駆け出そうとした瞬間、私の手はまたしても彼に掴まれていた。逃がさない、とでも言うようにさっきより強く。反射的に振り返ってハルを見下ろすと、やはり何を考えているか分からない目が私を見つめている。
数秒見つめあって、漸く彼は口を開く。何を言われるのかとドキドキしながらも、彼の言葉を待つ。



「…返事くらい聞いていけ、バカ。」
『え、』



それって、期待してもいい?自惚れているつもりなんてないけど、その照れた時に顔を逸らす癖と、ほんのり赤い耳に少しだけ期待してもいいの?なんて勝手にドキドキしている私の腕はハルに引っ張られて、





飛び込んだ先

ペットボトルが音をたてて倒れた。



.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ