□からんころん
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御幸と知り合って1年ちょっと、恋人になって約2週間。恋人とは言っても名ばかりで、実際は付き合う前と何も変わっていない。きっと周りから見てもそう。たぶん、友達だった期間が長かったからだと思う。だからと言って、今も友達と思っているわけではない。わたしは御幸のことを彼氏として見ているし、ちゃんとそういう意味で好き。きっと御幸もそうだと思う。彼から告白してくれたのだから。



「名前〜」



図書室で本を探していると、よく知った声と共に、背中に重みを感じた。これは付き合う前からの彼の癖のようなもので、わたしを見つけるといつもこうして接触してくるのだ。



「どうしました、御幸くーん。」
「なんか食いもん持ってねぇ?」
「んー、ちょっと待って。」



ごそごそとポケットを漁り、たまたま入れていたらしい飴をわたしを後ろから抱く彼の手に乗せた。それを見た御幸はおお、と少し嬉しそうに笑う。
早速飴を口に入れると、からんころん、と口の中で転がす音が耳のすぐ側で聞こえた。図書室は本来飲食禁止だけど、まぁいっか。



「何味だった?」
「んー、わかんね。」



何それ、と彼の顔を見ようと顔を横に向けたその時、唇に何かが触れた。柔らかくて熱を持ったそれは、御幸の唇だった。リップ音をたてながら離れたそれは、緩く弧を描いていた。



「何味だった?」
「わ、分かんない…」



だからもう一回、と熱くなる頬もそのままに小さく呟くと御幸は嬉しそうに微笑みながら、わたしを抱きしめていた腕を解いた。それから流れるような動作でわたしの腰に手をまわし、指で顎を持ち上げた。間近で見る御幸の顔は、悔しいけどやっぱり整っていて、その真剣な眼差しにドキッとした。ゆっくり唇が重なって、飴の甘酸っぱい味が淡く感じられた。
離れたと思ったらまたくっついて、また離れて、と繰り返しているうちに、だんだん頭がぼんやりしてくる。意識がふわふわして、なんだか少し怖くなって御幸のシャツを掴んだ。それが彼を煽ってしまったのか、御幸はさらに深く口付けようとしてくる。苦しくて逃げるように後ずさると、本棚に背中がくっついてしまった。うっすらと目を開けると、目の前には当たり前だけど御幸の顔があって、左には彼の腕が見えた。
いい加減に酸素が欲しくて、御幸の胸を押し返した。気付いてくれたらしい御幸は、心なしか名残惜しそうに離れる。



「あ、わりぃ。つい夢中で。」
「ほんとだよ、手加減してください。」



御幸は、呼吸が乱れているわたしをどこかバカにしたような、からかうような顔で頭を撫でる。大きい手のひらが、さらさらとわたしの髪を流す。なんだか今日の御幸は変だ。このわたしを触る手や腕、わたしを見つめる目も、何もかもが優しい。改めて恋人なんだということを意識させられた気がして、無性に恥ずかしくなった。



「今日、なんか変だよ…」
「たまには恋人らしくしようと思って?」
「何それ、もう恥ずかしい…」



恥ずかしさのあまり顔を覆った指の隙間から、こっそり盗み見た彼の顔はやっぱりかっこよかったけど、それ以上に優しい表情で、わたしはドキドキする反面、心のどこかでひどく安心したのだった。





からんころん



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