捧げ物
□勝利の神と空の帝王
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兄がA・Tを始めた――正確に言うなら虜になったのは、何時ごろだっただろうか。
中学2年になった頃ぐらい、だっただろうか。
A・Tに関する事全てに瞳を輝かせ、汚れ転げながら練習し、楽しそうに幼馴染達を巻き込んでチームを作った。
その時自分も誘われたが、A・Tで飛ぶ事よりもA・T自体に興味があったので、サポート役として入った。
そして兄は。
誰かより飛ぶことが勝る度に、難しいトリックを決める度に、飛ぶ喜びを共有する度に、今までにないほど満足そうな笑顔を浮かべていた。
当初は、そんな笑顔を見るのが嬉しかった。
兄や幼馴染達と一緒に、A・Tについて話す事も楽しかった。
本当に、楽しかった。
しかしそれも、宵を楽しむ程度だった頃の話だ。
宵から夜更けへと足を進めた兄が、闇夜からの手痛い歓迎を受ける前までの話。
兄がそうなった時、今までにない壮絶な喧嘩をした。
『もう止めた方がエェ! これ以上飛んだら潰されるで?!』
『絶対止めんし潰されもせん! その分強くなればええんや!!』
『その体たらくでよう言うな自分! 頭おかしいんとちゃうんか!?』
『おかしかない! ただ』
『一遍飛んだら、もう止められん! 「空」から逃げるなんて有り得へんだけや!!』
周りが制するのも聞かずに叫んだ自分に、兄は自分以上に強い気持ちと信念を持った叫びを返してきた。
あの時ほど兄に苛立った事はなく、あの時ほど兄を遠くに感じた事も無い。
そんな時、偶然降って湧いた留学の話に飛びついた。
とにかく兄から離れたかったのだ。嫌いになったわけではなかったが、兄の信念を理解出来なかった。
兄が遠くへ行く姿を、見たくなかった。
けれど。
『いってらっしゃい』
旅立つ日に。
自分以外には悟られないような寂しさを湛えた顔で手を降る兄を見て、とてつもなく後悔して。
海の向こうへ渡ってから、兄が歩んだ道を追うように、「翼」に手を伸ばし、チームを作り、バトルをした。
しかし自分は、兄のようにはなれなかった。
それどころか、兄の歩む王道とは真逆の――否、まさしく影を歩むように、後ろ暗いことばかりをやった。
どちらかと言えば、兄を傷つけた者達と同じようなことばかりを、止められないままにやり続けた。
――そんな事を続けていき。
綺麗とは言い難い(けれど確かな)勝利を重ね、チームの規模を大きくし、皮肉の意を込めた字を付けられた頃。
混沌に君臨する真の王に会い、屈服したのだ。
『……ニケ、……』
声がする。
ようやく耳慣れてきた英語で、未だ耳慣れない字を呼ぶ声が。
『……ニケ、起き……ないと……』
身体を揺らしながら呼びかけられたが、声も動きも煩わしいとしか思えず、手で適当に払う。
それによって身体を揺らしてきた腕が離れたので、さてようやく熟睡できると思った瞬間。
『起きろ』
途切れ途切れに聞こえてきていたものとは違う、よく通った不機嫌そうな声が響き、鳩尾に衝撃が走った。