頂き物

□今宵、月は幻影
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「おー、スピやーん。こんなとこで何しとんや、自分?」

耳に馴染み深い声で名を呼ばれ、ギクリと肩が震えた。
手に持っていたホイールがその衝撃に怯え、するりと僕の手のひらから逃げていく。
地面に正しく落ちていくそれの値段を思い出し、慌てて手を伸ばしたが時すでに遅し。
指先すら触れられず、真っ逆さま。
ところが、地面スレスレ、僅かな隙間に白い手が差し込まれた。

「――っぶねぇ。ギリギリセーフ!」

低い体勢を取り、間一髪の救出劇を見せてくれた年上の恋人・カズさんは、そのまま上目遣いで柔らく微笑んだ。
ホイールを握る手を僕に伸ばし、受け取るよう、くいっと促した。

「気を付けろよ」

「うん。カズさん、ありがとう」

手の中に戻ったホイールを、僕は慎重に棚に戻す。
元あった場所に収まったそれのすぐ下、棚に貼り付けられた値段は、学生の生活基準から考えるとゼロが一つ多い。ただでさえA・Tの部品は、新品でさえ当たり外れがあるというくらいデリケートなもの。
清水寺の舞台から飛び降りる覚悟があっても、手が出せない代物だ。
落とそうものなら、一発で粗悪品。
弁償か買い取りか、という事態になりかねない。
いや、カズさんのあの行動を見る限り、確実になるんだろうね。

「本当にありがとう」

つくづく、感謝せずにはいられない。
何たって、あれ一つで僕の財布は破産するんだから。

「いいって。それより、友達?」

俯き加減の僕の髪に指を差し込み、カズさんは棚の向こうを視線で示した。
友達というか……ね。

「腐れ縁? ってやつだよ」

「やんやて!?」

「おまっ、親友に対してそらないわ!!」

会話を聞いていたのだろう。
こっちが心配になるくらいの勢いで、そっくりな顔をした二人組の男が棚を避けながら近付いてきた。

「または悪友ともいうかな」

二人を無視して、カズさんにニコリと微笑みかける。
「お前な……」

呆れ顔の彼の耳元に手を添え、二人の姿を横目に、形の良いそこに囁いた。

「カズさんとイッキさんみたいなもの、だよ。表面上のね」

最後の一言を付け足したのは、カズさんが長年イッキさんに抱いていた(もしかしたら、今も捨てきれていないんじゃないかな)感情と区別するため。
幼馴染みで、親友で、負けたくない相手で。
僕が彼らに思うのは、そこまでだ。

「今は、違うからな。取り繕ってるわけじゃなくて、本当にイッキとは何もないから」

つぃっと視線を逸らしたカズさんの頬は、赤い。
白い肌だ。ほんの少し色付くだけで、すぐに分かる。

「うん。今は僕がいるもんね」

「――バカじゃね……」

素直じゃないけど、素直。
色を深めた彼の頬。
僕は口元を押さえ、自然と持ち上がる口角を隠した。
嬉しくてにやけた顔なんて見られたら、怒られるか呆れられるかだからね。

「おい、無視すんなや」
「……空、空気読んでくれる?」

「やぁや! ワイの質問に答えんで無視する奴に、気なんぞ遣えるか!!」

駄々をこねる子供のような男は、細い目を片方だけ見開いた。
鋭い視線を向けられ、やれやれと溜め息を吐く。

こんなところで何をしているか。
そんなの、答えなくても分かるだろうに。
大型スポーツ店ならいざ知らず、ここはA・T専門ショップだ。

「パーツをね、見に来たんだよ」

「ンなん聞かんでも分かるわ!」

答えたそばからバサリと斬られる。
もぉ、だったら何で聞くのさ!
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