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□王は手駒を捨て
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地を這う音がする。

夜に冷えたコンクリートの上を、しがみついてるようにゆっくりと這いずる音だ。


その音と共に耳朶を打つのは、浅い呼吸。
やけに遅い這う音と対照的に速いそれでは、逆に呼吸がままならないのではないだろうか。

ましてや、この呼吸の主であり、這いずってきている者でもある男は、足を片方失い、胴体に穴を空け、かろうじて生きているのだから。


(……まぁ、もういらんからどうでもええけど)


胸中で呟き、鼻につく濃厚な血の臭いに眉を微かに寄せた武内空は、這ってくる武内宙へ近づいていく。

魁偉な体に、自らまとっていた赤い服ではなく己の血をまとい、見る影もない「翼」の残骸を残った足につけている弟。
勝利の神と呼ばれ、無敗を誇ってきた男とは思えない不様さに、残忍な喜びを感じて、口の端を吊り上げる。


そうして、とうとう自力で這うことも出来なくなった弟を見下ろし。


「宙」


努めて優しく呼びかけてやった。


自分でも違和感を覚える声音に、しかし宙は滑稽なほど反応する。
失血により見えにくいだろう眼球がぐるぐると動き、切れた唇が言葉にならない声を上げた。傷だらけの手も、何かを探すように弱々しく伸びてくる。



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