小谷の姫

□とある姫君の家族
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 八重の涙から数日後、いつものように愛染明王へのお祈りを済ませてからおせんを呼ぼうと口を開きかけたその時、何の前触れもなしに襖が開いた。

「お市さまお市さま!!」
「八重さまお待ちください!!」
 騒がしい叫び声と同時に部屋に転がり込んできたのは、八重とその侍女のおうめであった。

「ふふ、朝から元気で。何の用ですか?」
 私はそんな二人を笑顔で迎えた。
「そ、そのお市さま……、御懐妊なさって……」
 八重はそれだけ言うと、いつかのように口をぱくぱくさせてこちらを見つめる。
 あ、そうか、八重はまだ来たばかりだから知らなくて当然か。

「きっと愛らしい女子《おなご》が生まれるわ。貴女も相手になってあげてね」
 私がそう言って微笑むと、八重は不思議そうに首を傾げた。
「女子……?男《おのこ》ではなくてですか」
「ええ。淺井の世継ぎには福がいますからね。あの子はいい子ですから、淺井の未来も安泰でしょう」
「……失礼ながらお方さま。ご自身の御子をお世継ぎにしたいとは思わないのですか」
 それまでずっと黙っていたおうめが、不審に思ったのか言葉を挟む。
「ええ。私は私の子供達に争って欲しくはありませんから。それに……お家が分裂などしていては他国から狙われてしまうでしょう」
「……」
 八重とおうめは黙り込んでしまう。

「帰りましょう、うめ。……お市さま!!ゆめゆめ、ご無理をなさらないでください、何かありましたら八重もお手伝い致しますから」
 そして来たときと同じように唐突に部屋を出て行った。
「ええ、八重も風邪などひかぬよう、気をつけて」
 私は二人の姿を、手を振り見送った。
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