小谷の姫
□とある少女の邂逅
1ページ/1ページ
『ありがとうございましたー』
駅前のパン屋でクロワッサンを買って、店を出た。
そのまま、買ったばかりのクロワッサンを頬張りながら改札を通って、駅のホームへ向かう。私が普段使ってるのは、二番線のホームで、改札を入ってすぐ左の階段を降る。
今日はテストで、いつもより帰るのが早いから、人も少なくて、ついでに、さっき買ったクロワッサンが美味しかったから、スキップで階段を降りてたら――周りの人には好奇の目で見られたけど――、足を踏み外して、見事に落下。
そのまま私は、意識を手放した。
「う……うん?」
目が覚めるとそこは、見知らぬ場所だった。私は、畳の上に敷いた布団の上に寝かされていた。
「目が覚めたか?」
男の人の声がした。
「――って、ちょっと待ってよ、ここドコ?」
私は勢いよく起き上がり、辺りを見回す。――和室だ。しかも、凄く立派な部類に入る。
「大丈夫か?頭を打ったりはしていないか?」
ふと、心配そうな青年の顔が視界に入って来た。――先程の声の主のようだ。
「あの、貴方は」
変な服を着ている。――怪しい。どう考えても、怪しい。
「私は、淺井長政だ」
……どこかで聞いた名前。そうか、テストだ。
「コスプレ……ですか?」
取り敢えず訊いてみる。
「こす……ぷれ、とは?」
――この人、頭大丈夫!?
ヤバいぞ……。ヤバい。頭どうかしてるよ、コイツ……!!
「はっ……、早く家に帰りたいので帰らさせて頂きます!!」
私は立ちあがって、そう宣言して部屋を出ようとした。
「そなた……、名は、何と言う?」
不意に、呟きが聞こえた。
「おっ……、市」
危ない危ない。こんな変な男に本名を明かす義理はない。因みに市っていうのは、私の仇名。
「そうか、お市というのか。良い名だ」
「なっ……」
何よ何よ、何なのよこの男!!
「奇抜な衣を纏っているな。それでは目立つだろう。帰る前に衣を譲ろう」
――奇抜なのは、あんたの方だ!!
「あの、私、急いでいるので」
きっと、今頃大変なことになっているだろう。早く帰らねば。
「さようならっ!!」
それだけ言って、私は部屋を出た。
出た、までは良い。うん。それまでは万事上手くいった。
そして、変な構造の家(には到底思えない)を四苦八苦しながら出る。うん。これも上出来。
ボーっとしながら、ロクに辺りも見ずに歩く。……これが、いけなかったのだ、と思う。
「そこの娘さんよぉ、ちょいと遊んで行かねぇかい?」
さすがに、私でも異変に気付く。
(――ここ……、どこ?)
そこは見ず知らずの場所。少なくとも、都会でもないし、駅前にパン屋も無さそうだ。
そして、目の前の男共。時代劇でよく見るような、刀持って……。
「あの、私、急いでるのでっ」
こんな時は、迷わず逃げよう。周囲の目が痛いのは何、私が制服だからだっていうの!?
その時。
「こっちへ来い。お前を助けてやる」
耳元で、囁き声が聞こえた。
「え?」
次の瞬間、男共が私に追い付いた。――ヤバいっ!!
ところが。
「私の姫に、何をする」
さっきの声だ。後ろを振り返ると、私のすぐ後ろ、肌が触れそうな程近くに、男の人が立っていた。
「おっ……、織田の、信長様」
「そちらの御方は?」
男共はコロっと態度を変え、ペコペコと頭を下げる。
「我が妹だ」
信長……。て、織田信長って……、それ位、私でも知っている。――って、織田信長!?
「行くぞ」
「おっ……、お待ち下さいっ!!」
大股で先を行く"織田信長"を慌てて追う。
「お前、淺井の城から出て来たな。淺井の人間か?」
"織田信長"は急に立ち止まる。
「は……?」
「違うのなら良い。名は、何と言う?」
沈黙の後。
「おっ……、お市」
と名乗る。
「ではお市、齢は幾つだ」
「えと……、十八、です」
「そうか。私は織田信長だ」
――貴方の事は、知っている。
織田信長。天下統一を果たせぬままに散った、戦国武将……。
阿呆と呼ばれながらも、その才を惜しみなく見せ付け、幾多の戦いで勝利を収めた大将軍。
そんな人が、今、私の隣に居る?
「お前、家は?送ろうぞ。こんな世では、また下人に手を出されぬとも限らぬからな」
信長は言った。
「家は……、有りません」
そうだ。少しずつ分かってきた。要するにこれは……、タイムスリップと言う奴だ。
「家が無い?なら、織田家に来い。十八ならば……、死んだ秀子が生きていたら、そう、十八だ」
彼は少し哀しげな表情を浮かべた。
「秀子……、さん、とは?
「私の妹だ。生まれてすぐに死んだ。……そうだ、お前は今日から、秀子の代わりだ」