小谷の姫

□とある姫君の餞別
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「な、長政様……?」
「久しいな、市姫」

 二年ぶりに見る長政様は微笑んで、私の名を呼んだ。
 ……格好いいな、なんて一瞬思って、それどころではない状況に気付く。
 窓の外は既に暗い。部屋には私と長政様の二人きり。まして私達は先程夫婦になったばかり。

「あの……、つかぬ事を伺いますが、私、その、宴の後……」
「姫は宴で慣れぬ酒を雰囲気に任せ一気に煽り、そのまま寝てしまってな。私と義兄上とでこの部屋まで運んで来たのだ。部屋の外にはそなたの兄上も居られるはずだ」
「え……?」
 兄者が部屋の外に……?

私は慌てて部屋の外へ駆け出したかったけれど、普段着慣れない着物の裾を踏んで撃沈。大人しく早歩きで部屋の外へ出ると、廊下の壁に寄りかかって座り、静かに寝息を立てている兄者が居た。

「……長政様、何か兄者に掛けて差し上げる物はありますか?」
 傍らに来ていた長政様に問うと、長政様は「生憎無いな」と答えた。
「だったら……」

 私は幾重にも羽織っていた着物を一枚脱いで、兄者に掛けて差し上げた。
「兄者もお酒を飲まれたのですか?」
「いや、義兄上は一口も飲んでいなかったと思うが」
「そうですか……」
 日ごろの疲れが溜まっていたのだろうか。……仕方が無い。兄者は尾張を統べる大名なのだ。こんな時位、静かに眠られて差し上げたい。
 幸せそうに眠る兄者の寝顔を見ながらそんな事を考えていると、ピクリと兄者の肩が動いた。
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