小谷の姫
□とある姫君の呼名
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「……」
「……」
机をはさんで目の前には、長政様。
私は相も変わらず白装束。
何でも、祝言(結婚式)から三日はこのままらしい。
……というのはさておいて。
「長政様っ」
「市姫……」
同時に名を呼び合って再びの沈黙。
「あの、長政様」
とりあえず、気まずくて私から話題を切り出す。
「何だ、市姫」
「とりあえず……、その呼び方を止めて頂けませんか?」
「……何故だ?」
何故と問われても。
特に理由はない。
ただ、目の前の相手は仮にも自分の旦那なのである。旦那に姫なんて呼ばれるのはくすぐったい。
「兄者に気を遣われて居られるのでしたら、兄者はもう近江の地には居りませんし、それに私達は仮にも夫婦めおとでしょう」
「そうか。……」
長政様は少し悩んでいるようだ。
そしてしばらくして、「……市?」と呟いた。
「長政様……」
「よし、決めた。市……そう呼ぼう」