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□お恵みを!
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外から蝉の甲高い鳴き声がこれでもかと言うほど聞こえてきた。聞けば、彼らの命は1週間と言うじゃないか。ならば思う存分泣き叫べばいい。
と、思ってしまうほど、暑さにやられていた。
いつもの自分なら「蝉の命が1週間?ふーん、そんなことよりパチンコ行きてぇ」とでも思っていただろう。蝉が死んでも死ななくても自分には関係ない。知るか。
だけど少しでも善良なことを考えなくちゃ報われないと思えた。今年の夏は暑くて仕方が無かった。


「あー…あぢぃ…あぢぃなちくしょー…」
「カイジさんうるさい」


しげるの一括。
大の字になっていた俺は身体を起こしてしげるを見た。
不機嫌そうな表情でしげるは扇風機の風に当たっていた。
は、え、ちょ…うちに扇風機なんてないはず…って言うかあるなら言えよ。何こいつ!


「しげるお前その扇風機…」
「じじいから貰ってきたんだよ。暑いから」
「そっか、それで何で俺に風送ってくれない…」
「だって俺が貰ってきたんだよ?当たり前じゃない」
「でもよしげる、ここ俺ん家…」
「けど家賃と生活費払ってんの実質俺でしょ?全部パチンコに消えてるんだから」


ことごとく即答され、俺は返す言葉を失った。
確かにバイト代入った翌日にはすでに7割は賭博に消えてるけど。
扇風機に手を伸ばせば、その手はしげるに叩き落された。


「はえっ?」
「俺のだから」


素っ頓狂な声を出したのはもちろん無意識にだ。
ひりひりと痛み出す右手の甲。容赦なく叩きやがってこいつ…。
きっと睨んでみたがすぐに止めた。睨み返された。子供の瞳で睨まれたら予想以上にこわかった。
諦めてまた大の字になる。


「…あつい…」
「………」
「あー…あつい…」
「……うるさい」
「わるい…でもあついし…」
「いい加減にしてよこのニート」
「てめっ…俺だって働いてるっつーの…」


バイトだけど。
叱る気力さえ暑さに吸い取られる。言いたい奴には言わせておけと本能が言っているのか。
外では先程と変わらず蝉がミンミンミンミンうるさく鳴いている。だんだん苛々してきた。同情心はどこかに行った。暑い。

その苛々を感じ取ったのか、しげるがぽつりと言った。


「5秒だけね」
「あ?」
「5秒だけ風送ってあげる」


ばっと飛び起きて、正座でしげるに向き合った。
しげるは呆れながら扇風機の首を掴んで、


「ん」
「…あー…」


至福の時間を俺に与えた。5秒間と言うわずかな時間だがさっきとは大違い。生暖かい風でも風は風で、さっきより涼しかった。
だけど、それは5秒間だけ。
5秒が終わると、しげるはすぐに扇風機の首を自分に戻した。
戻る暑さ。吹き出る汗。


「…あつい」
「なに。扇風機そっちに向けたでしょ」
「またあつくなった…」
「でしょうね」


そう言い放つしげる。
分かってんのかしげる!俺のあついとお前のあついは全然違うんだぞ!風があるのとないのとじゃ全然違うんだよ馬鹿っ…!
心の中で思った。そんなことを口走れば今度こそ風を送ってくれなくなる。


「…しげる」
「カイジさんの土下座なんて見慣れてるから意味ないですよ」
「………」


吐き捨てられても無言で頭を床に擦り付けた。


「…アイス、買ってきてくださいね」


にやりと笑ってしげるはそう言った。
この炎天下の中を歩いていけと言うのかこの悪魔め…!
結局それも口には出さないけれど。顔を上げれば風が送られてきた。意味のない土下座もしてみるもんだ。






(つーかお前どうせ貰うならクーラー貰ってこればよかったんじゃ…)(…あのくそじじい…)((こいつも暑さに頭やられてたのか…))







(100801)

じじいってのは赤木さんのことね。暑くてばててるしげるに赤木さんが扇風機くれるんだよ。「しげるお前扇風機いるか?」「…いいの?(キラキラ)」みたいな。
ん、クーラーは高いから嫌だったんじゃない?




 

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