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□これからよろしく、お隣さん
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携帯電話が小刻みに震える。5分に一度。規則正しく。
段々それは日常と化してきた。俺の過ごす毎日の中の一つ。
その事実が恐ろしくてたまらない。
携帯電話を手に取って、恐る恐る開けてみれば、新着メール30通の字が画面に表示されていた。機械的なその字さえも恐ろしく思える。
一応内容を確認してみた。


『いまなにしてるの?』


吐き気がした。


『いま涯くんのこと考えてるよ』
『涯くん…会いたいなあ』
『どうして返事くれないの?』
『涯くんさびしいよ…』
『涯くん怒っちゃった?』
『ごめんなさいお願い怒らないで』
『涯くん』


そんなような内容のメールがだらだら続いている。途中から読む気さえ失せた。
静かに携帯電話を閉じて、テーブルの上へ置いた。
メールアドレスを何度変えても、気味の悪いメールは途絶えなかった。むしろ悪くなる一方で、変更することも諦めた。
素性の知れない誰かからのメールは3か月前から続いている。いったい誰なんだろうか。


「………」


大量のメールの中で1つだけ気になるものがあった。


『いまね、涯くんの家の前にいるよ』


カーテンを開いたらそこに奴がいる。アパートの前でにたにた笑いながら俺の部屋の窓を見つめているに違いない。
正体を知りたいけれど、こわい。こわくてこわくて仕方がない。
だけど、知らなきゃ。
カーテンの端をつまんで、少しだけ外を覗いてみた。
男が1人立っていて、すぐに俺と目が合った。心臓が跳ね上がるくらい吃驚していたのに、俺はその男から目が離せなかった。
男はひらひら手を振って、今度は手招きした。


「(来いってことか?行ってやろうじゃないか。そして二度とメールしてくるなって言ってやるんだ!)」


心の中でそう決めて、外へ出た。外は少し肌寒かった。
奴に近づく足取りは重い。けれど一歩一歩しっかりと近づいた。
表情を窺える位置まで来たら、俺は足を止めた。男は嬉しそうに笑った。


「嬉しいよ、出てきてくれるなんて!」
「メール…してくる人…だよな」
「うんっ!読んでてくれたんだね、返事くれないから届いてないかと思ってた」
「いや…素性の知れないやつのは返さないことにしてる」
「そっかぁ!だからかぁ!自己紹介しとくんだったね」


街灯の光で男がどんな人物が把握できた。
目が大きくて、睫毛が長い。女顔かと思えば眉毛は凛々しくて男らしい。髪は少し長くて背は高かった。
そして、ずいぶんと明るい性格だ。何を考えているのか全く分からない。


「宇海零、17歳!涯くんのことが大好きです!」
「そ…そうか…」


こわい。


「う…宇海、さん」
「零でいいよ!」
「…二度とメールしてこないでください…」
「…じゃあ連絡先教えてくれるっ?」
「嫌です…」
「………」
「家にも来ないでください…そ、それだけ言いに来ました」


視線を泳がせながら、用件だけ早口で伝えた。
宇海零と名乗る男は黙り込んだ。ちらっと宇海がどんな表情をしているのか見てみた。見るんじゃなかった。


「…そっそれじゃ…!」


鬼のような形相で俺をにらんでいた。
俺は走って部屋に戻り、鍵をかけてその場に座り込んだ。深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて。


「(一方的にだけどちゃんと言ったから…もう大丈夫だよな…)」


安堵して胸を撫で下ろした。これでもういつも通りだ。もう心配することは何もないさ。
自分にそう言い聞かせて、布団に横になって目を閉じた。

そんな風に考えてた俺が甘かった。

次の日、ノックの音で目が覚めた。決して強くはないけれど、ずっと鳴り続けているノックの音。鬱陶しい。
家賃滞納してる件かな。新聞の勧誘とかか。どちらにせよここに来るのは大家かセールスしかいない。無視。
けれどこうもとんとんとんとんドアを叩かれちゃ眠っていられない。
仕方なく起き上がって、のそのそ扉を開いた。


「お隣に引っ越してきました」
「ああ、よろ…え?」


聞き覚えのある声。その顔を見れば、ぶわっと鳥肌が立った。
そこには、にんまり笑う宇海零が立っていた。


さようなら俺の幸せだった毎日。




これからよろしく、おさん

幸せだった毎日ももう覚えちゃいないけど。





(10106)

実際ストーカーのする行動は本当にこわいですよね。
 

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