落忍 文

□『殴りたい顔面』の段
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休み明けの大学のカフェテリア。
いつもならばお気に入りのテラス席で楽しい会話が咲いている筈が、今日は何故か雷蔵の様子がいつもと違う。




「あの・・、雷蔵?」

「・・・・・・何。」

「・・・・あ、いや・・。」

今朝からどうにも視線を合わせてくれず、会話をしようにも成り立たず、一体何がどうして雷蔵の機嫌が悪いのか分からなくて三郎は正直気がどうにかなってしまいそうだ。
何より大事な可愛い可愛い恋人に冷たくされてしまっては生きてる心地がしない。
それぐらい三郎にとって雷蔵は生活の、、否。今は人生の中心と言ってもおかしくない存在なのだ。

パタン、、。
雷蔵がずっと三郎を無視して読み進めていた文庫本を机に少しだけ乱暴に置く。
数年前に若い女性が芥川賞を取って話題になった一冊だ。
タイトルを確認している三郎の横で、、ようやく雷蔵が自ら口を開いた。


「―――――・・・一昨日の土曜日。」

「へ?おととい・・、、」

「随分と楽しかったみたいだね・・。」

「っつ!!!!」

一瞬、何の事だか忘れてた。
けれど一昨日、、二日前の事をすぐに思い出して三郎は顔面蒼白になった。

一昨日の土曜日は雷蔵が女の子友達と一泊だけど近場の温泉へとプチ旅行に行くと出掛けて、久々に一人っきりの休日を過ごす事になったのだ。
専攻分野のレポートやら次の研究発表で使う資料の整理を片付けている三郎へと、飲みに来いよ!と竹谷からメールが来たのは日も暮れた夕方の事だった。
長年の悪友らと久々に飲み騒ぐのもいいかと待ち合わせ場所に行けば馴染みの悪友らと共にいたのは男と同じ数の女性達だった。
まさか、合コンだとは思いもせず。けれども“ここで帰ってくれるな!たのむ!”という必死の眼で訴えてくる竹谷に、あくまで自分は数合わせで場を盛り上げる役に徹してやればいいのだろう・・・・と腹をくくって飲みに参加したのだった。

そう、やましい気持ちはまったく無かったのだ。だって自分には愛しい彼女の、、そう雷蔵がいるのだから・・。


「ら、雷蔵、な、なんで・・知って・・・!!」

やましい気持ちはなかったが、雷蔵には連絡はしなかった。
言えば不安にさせるし何より不貞を働いたと勘違いされ、、一番恐れる“別れ”を切り出されたら自分はもう死んだも同然だ。


「勘ちゃんから、写メとメールが来たの。・・・かわいい女の子に囲まれてデレデレしてる三郎の、ね。」

「勘っ?!!あ、あの野郎・・・!!」


三郎限定で嫌がらせが大好きな悪友があの場にいた事も不安材料だったが、まさか雷蔵にそんなメールを送りつけてたとは・・!!
というか二人はいつの間にメールアドレスを交換してたんだ?!
ちくっしょう勘右ヱ門め!!、、と悪友のひとりに対して怒りを表してる三郎とは対照的に、雷蔵は冷めた表情で文庫本の表紙を指でなぞる。


「・・・別に、三郎と僕は恋人同士だけど・・結婚してるワケじゃない。
お前が他の女の子と付き合いたいと想い始めても僕はそれを止める権利は無いんだよね、、、、。」

「ら、雷蔵・・・?!」

まさか、まさかまさかそんな言葉が雷蔵の口からでてくるなんて。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ・・・・!!

「さ、「っち、違う!違う違う違うんだ!!!」

これ以上雷蔵に喋らせてしまっては危険だ、駄目だ、、!!と本能が警告している。
この流れは最悪の状況へと繋がろうとしている。

「竹谷に誘われた飲み会がまさかコンパだったとは知らなかったんだ!!知ってたら絶対に行かなかったさ!!だって私には君がいるんだもの・・っ!雷蔵、雷蔵、君に今回の話をしなかったのもやましい事があったワケじゃないんだただ君を不安にさせたり私の不貞を疑われたく無かったんだ!!か、勘の奴が撮った写メだってデレデレしてた訳じゃないんだあの女達が両方から香水の匂いをプンプンさせて近寄ってきて匂いに酔ってたんだ、、わ、私がデレデレになれるの、、は、、っ、き、君だけなんだぁっ、、、う、ぐっ、、、し、信じてくれぇええ、、らいぞおおおおお〜〜〜!!」

いつの間にやら椅子から地面へと突っ伏して泣き出してしまった三郎に、周りの視線が冷たく突き刺さる。


「・・・・・三郎。」

「ぐすっ、、ら、らいぞう、すいませんわるかったごめん別れるとかいわないで、、」

突っ伏したままの三郎へと雷蔵がよしよし、、と頭を撫ぜてやれば涙と鼻水でグシャグシャにした顔面が上を向く。
これが、大学で一、二を争うイケメン鉢屋三郎の姿とは思えない。

「三郎の顔、すんごいぶさいく。」

「・・・雷蔵ぉ、、。」

「・・・僕もごめんね。勘ちゃんからメールが来た時すごくショックだったんだ・・・。
三郎は僕をいつもめいっぱい愛してくれてるから心変わりなんてある訳ない、今回のコンパも知らない内に巻き込まれたんだろうって事も判ってたつもりだったけど・・・、
女の子と一緒にいる三郎の姿を見たら嫉妬してしまったんだ。だって僕は三郎の事を愛してるんだもの。」
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