中編色々

□なみだのうみでネコはよりそう
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私は極力足音を立てずに彼に近づいて行きました。
けれど、小さな葉擦れの音に気付いたらしい彼が、くるりとこちらを振り向いたのです。
その瞳には、涙の痕はなかったけれど、私の姿を見て「なんだ、ネコか」と小さく呟きました。


(どうしたの?)


ネコの姿で声を掛けても、彼には「にゃぁ」という鳴き声にしか聞こえない事は解っています。けれど、弱々しく木の幹に寄りかかり、何か思いつめたような瞳の彼を間近で目にして、声を掛けずにはいられなかったんだと思います。
彼の側へ近寄ってもいいものか逡巡し、少し離れた場所で座ると私はもう一度声を上げました。


(……貴方の側へ行っても?)


虚ろになりかけた彼の瞳が、私を捉えて微かに微笑みそして片手を伸ばして言いました。


「おいで?」


彼の伸ばした手へそっと擦り寄り、その隣でネコがそうするように丸くなって座り込むのです。
すると、ふわりと大きくて温かい手が、私の背中や頭をゆっくりと撫で始めました。
スリザリンは冷血で、純血主義者は冷酷だと周りの人が言います。だからきっと私もどこかスリザリンをそういう目で見ていたかも知れません。


だけど、


いま、私に触れているこの手の温もりは、変わらないのです。他の人と変わらないのです。
温かくて優しい『人間』の手でした。

その後、どれくらいの時を一緒にそうして座っていたのか解りません。気付いたら夕暮れになっていて、だけどその間彼も私も言葉を発する事は無く。
だけど、思いつめたような彼の瞳だけは変わらなくて、何故だかとても胸が痛くなりました。


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