中編色々

□なみだのうみでネコはささやく
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競技場は例え他寮の練習でも、解放されてはいる。だが、実際に見に行く者は少ない。それが暗黙の了解というやつだ。
確かに、競技場で待っていれば話は早いが、そんな理由もあるうえ、まさかそんな大胆な事はできない。
そんな真似が出来るものなら、話しかけるだけでこんなにも緊張はしないというものだ。

私はとりあえず、中庭のベンチのひとつへ腰を掛けた。ここは競技場への道の途中になるので、待つには丁度いい場所になる。
彼の教科書を見ると、緊張で心臓が持ちそうにも無いので、私はそれをそっとカバンへ仕舞い込む。そうして気を紛らわそうと自分の教科書を取り出し、開いてみるが文字を追っているはずなのに、頭の中には入ってこずに余計にソワソワしてしまっているような気さえする。

1分が1時間とも思えるような長い長い時間を過ぎると、いつの間にか夕日があたりをオレンジに染めあげていた。
私は相変わらず教科書の同じページを開いたまま、放心に近い状態だったらしい。いや、実際は心の中で葛藤を繰り返していた訳であって、決してぼーっとしていた訳ではないのだが……。
今も、目が回りそうなほど頭の中をぐるぐると「逃げたい!超逃げたい!」という気持ちと「でも、今日こそ話しかける最大のチャンスだよね?!」という気持ちが廻っている最中だ。
ふと周囲にいた女の子たちが、くすくす笑いを上げ始めたのが聞こえ、何事かと顔をあげれば競技場へ続く中庭はずれから、グリーンカラーのクイディッチ選手用ローブを翻す一団が見え始める。
私の心臓は、すでにこれ以上ないくらいにどきどきと高鳴っていたと思ったのに、その一団の最後尾に揺れる黒い髪を見つけた途端にさらに鼓動が跳ねあがった。

風を斬るように歩いて行く彼らが私の前を通り過ぎていく。
だけど私が見つめるのは、レギュラスくんひとりで。
滴り落ちた汗を片手で拭いつつ、はたと気付いたように私へ視線を走らせた。そうして自然に交差する。

一瞬が永遠で、永遠が一瞬。

すれ違う時、レギュラスくんが微笑んだ気がする。
オレンジ色の陽光が彼の綺麗なグレーの瞳に反射して、とても綺麗に見えた。


「……はっ!教科書!」


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