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□ひみつのわんこ
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「・・・あの」
「・・・・・・・・・」
「・・・飼い主さ」
「飼い主じゃないぞ」

何を期待していたんだ、俺は。
つい、隣にいる奴の言葉に突っ込みを入れながら俺はうなだれた。
いくら、顏が格好よくてなんでもできそうな顔をしていたとはいえ、何でもできるわけではない。
見た目に騙される。
そんな、女子みたいな目に俺が遭うとは。
「・・・お、怒っていますか・・・?」
「怒ってはない。あきれているだけだ」
そう言えば、目の前の男は、目に見えない尻尾を垂れさせて、しゅんとする。
そんな顏から目を逸らし、なんとなく襲う罪悪感から逃れる。俺は、母性本能が強いので、こういう奴を観ると放っておけなくなるんだ・・・まあ、冗談だが。

目の前に散乱する、黒と白の物体。
床、壁、台所・・・あらゆる場所に及ぶその物体は、こいつの手が加わる前は食べ物だったものだ。黒い部分は焦げていて、白い部分は生のままの卵。
卵はもちろんどうしようもない。
部屋も・・・もちろん片付けるのは俺だろうな。

そして、俺はその現状にあきれた視線を送る。
「・・・・あ、あの・・・・」
「なんだ?」
「・・・・す、すみませんでした・・・」
泣きそうなそいつの顏を見て、仕方ないなんて思って微笑んでしまう俺は、どうしようもなく人が良いんだろうな。


これが、俺と犬の毎日である。





「・・・キョン、だ」
「きょん、ですか?」
「ああ、俺はそう呼ばれている。もう、本名よりも呼ばれているあだ名だからな・・・お前もそう呼べ」
風呂を貸し、寒空で冷えた身体を温めてきたそいつに俺は面倒くさそうな顏ながらも自己紹介した。
「で、お前は?」
「ああ、僕はまだでしたね・・・」
そい言いながらそいつは、まだ濡れた髪にタオルをのせたまま微笑んで。
「古泉。僕の事は、こいずみ、とお呼びください」
「こいずみ・・・」
俺は、舌になじませる様にそいつ――古泉の名前を何度か呼んでみた。
その度に、その胡散臭そうな笑顔が照れに変わるのを観て、俺もかすかに笑った。
「じゃあ、よろしくな。古泉」
「はい。よろしくお願いします、キョン君」
このときの俺は、「一日だけ」なんていう事をすっかり忘れていた。それは、俺が初めて会った古泉に対して親近感みたいなものを感じて、打ち解けてしまったからなのか、それとも。
俺自身が、「一日だけ」という事を望んでいなかったからなのか。
そんなことを考える時間は、大学生であり、バイト三昧の俺には与えられなかったのだったが。

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