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□花廓
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「キョン、お客様が来たわよ」
「・・・ああ、はいはい」
「あなた、大丈夫・・・?無理なら」
「いや、身体重いけどもう大丈夫だ」
「・・・そう」

俺は、女主に謝られたくなくて言葉を遮る。
そして、重い腰を上げた。
腰が痛い。
首が痛い。足首が痛い。
さっき、やっとあの男が帰ったばかりだ。
これ以上身体を動かすのは、限界だと思った。
だが、俺はこの店の為に働くしかないのだと決心して、お客様が待つ部屋へと向かった。







「こんにちは」
「・・・・あ、あの」
「ここへ来てはいけない、とはおっしゃいませんでしたよね?」
自然と笑みが浮かぶ。
地獄へと落とされた俺を救ってくれるのは、この主様しかいないと思えた。
「・・・はい。
でも、俺なんか指名しても良い事ないですよ?俺ぐらいの年齢層が良いならもっと・・・」
「いいえ、貴方が良いんです」
「・・・っ」


こんなにも自分だけを欲してくれる人はいなかった。
「・・・・そんな」
「そこで、今日は貴方と外へ出かけたいと思ったのですが」
「え」




外?
外って何だ。
無理にきまってるだろ?
俺・・・・もう、あの男に買われて死ぬまで犯されて鎖に繋がれるのに。
そんな俺を外に連れ出すなんて。
許されるわけない。




「・・・そんなの、女主が」
「あの人にはもう了承を得ましたよ?」
「・・・っ、」
「貴方は行きたくないのですか?」
「・・・・行きたいです、でも俺は」
「大丈夫ですよ」
主様が手を伸ばしてくる。
この手を掴めば外へ行けるんだ。
俺は少しだけ躊躇いながらも、その手に自分の手を重ねた。







     ◇◇◇



「・・・・あの、」
「どうかしましたか?」
「・・・・外って、どこへ行けば良いんですか?」
何というか落ち着かない。
あの男が来てからは特に、俺は外なんて殆ど出た事がなかった。
道を走る馬車。
道行く男。
商人の男の声。
艶やかな女たち。
ほとんど見た事がない光景に、俺はそわそわしながら主様の手を握った。
「あ、すみません・・・俺、こんなんじゃ主様が楽しくないですよね」
「いいえ?凄く楽しいですよ。それよりも、キョン君」
「・・・君?はい・・・」
「外では、僕の事は一樹と呼んでください。

 貴方の事はキョン君と呼びましょう」
「そ、そんな事いけませ」
「主様なんて何だか怪しいでしょう?」
そう言った主様――一樹の笑顔が可笑しくて、俺もつられて微笑んだ。
「やっと笑ってくださいましたね」
「え・・・」
「今日、はじめに見たときの貴方の顏は青ざめていましたから」
「・・・そう、ですね・・・」
「でも、今笑ってくださいました。
 僕は、貴方のそんな笑顔を見るのが好きです」
「・・・・っ、」
「さ、行きましょう。僕が案内します」
「はい・・・・」
繋いだ手をしっかりと握り返して。
俺は、一樹に連れられて足を進めた。







     ◇◇◇



それから俺は一樹に連れられて色々な処へ行った。
茶屋へ行き、お団子を食べた。
凄く美味しくて喉に詰まらせて一樹を心配させた。
歌舞伎を見に行き、色んな舞台を見た。
凄く楽しくて、一樹と一緒にいつまでも話した。
そして。
もう、タイムリミットだ。



「・・・一樹、」
歩きながら俺は一樹を呼び止める。
「何でしょう」
「・・・もう、俺帰ります」
「・・・・・・」
「もう、十分です。俺、今日一日凄く楽しかったです。
 だから・・・もう、」
「・・・・」
「あ、っ」


あれだけはしゃいで、身体がもう限界だったらしい。
俺はよろめいた。
「・・・っ、」
「大丈夫ですか?・・・」
「・・・っ、駄目です、これは・・・」

俺は、驚いてばっと腕を隠した。
手首には、庵条様と会っていた時の痣が残っていたのだ。
俺は、今日一日それだけは何とか一樹に見られない様にしたのに。
「・・・・・」
「・・・・キョン君は、」
「・・・はい」
「今から僕と一緒に逃げましょう、
 と言ったら何と答えますか?」
「・・・・出来ません・・・・」
「どうしてですか?」
「俺も凄く逃げたいです。
 でも・・・俺は、あの店を守らなくちゃいけない」
「・・・・」
「俺がもしそうやって自由になっても意味がないんです。
 俺の自由が皆の自由を奪うなら・・・。
 そんな自由は要らないんです」
「・・・そうですか」
「だからかず・・・主様、」
「・・・・はい」



「さようなら。
 ありがとうございました」



そう言って俺は背を向けた。

そう言って彼は背を向けた。



「ほんとは・・・俺」
「はい・・・・」
背を向けたまま口を開く。



「主様が、俺の・・・・主様なら、なんて思っていました。
 そのくらい、主様との時間は俺にとって大切でした。
 だから・・・俺は、もう・・・大丈夫ですから」



そして、俺はそのまま走りだした。

そして、彼は何も言わずに走りだした。







ならば。
「なら・・・・僕は。
 貴方が、僕との時間を大切にすると言うのなら。
 僕は、貴方とのこれからを守ります」


そして、僕は歩き出す。
どこからか姿を現した黒ずくめの男に迎えられ。
「古泉様」
「行きましょう、新川さん」
「承知致しました」
そして、僕も黒に染まって。


ゆっくりと、貴方のために。
僕は何でもするのですよ?

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