Song Room

□夏祭り(♂亀×田)
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今日は、僕らが住んでる地域で一番大きい夏祭りの日。
子供から大人までが盛り上がる、結構評判がいいお祭り。
そのお祭りの入り口で、僕は腕時計を眺めながらつぶやいた。


「おっそいなぁ…」


時間にルーズな僕にしては珍しく早めの到着。
…だってさぁ、愛ちゃんが“女の子待たせたらフラれるで!”っておどすんだもん。
何とか頑張って準備して、できるだけおしゃれして…ちゃんとしてきたのに。


「来ないじゃん。」


待ち合わせの時間を過ぎても、僕も待ち人は現れず。
…そんなにルーズな子じゃないから、遅れるってことはないはずなんだけど…。


「何かあったのかな…」


少し胸がざわざわする。
…だって、こういうイベントが好きなあの子がさ、遅れるわけないじゃん。
…そう、れーなが遅れるわけないんだ。


「んー…電話、してみるか。」


携帯を引っ張り出してアドレス帳を開く。
…そりゃ、少し準備に時間がかかったとかかもしんないけど、心配だもん。


「…???」


ありゃ…なんか、着信音が近くから聞こえんだけど…。
電話から耳を離してぐるりと辺りを見回すと。


「あ…」

「にしし、ちょっと遅れたとw」


笑いながら僕に近づいてくるれーながいた。
手には携帯電話をもって。

…なんだよぉ、出てくれたらいいじゃんかぁ。


「何してたの?」

「ん?あぁ、着付けに時間かかっとったと。」


携帯を手に持ったポーチに突っ込みながられーなが言う。
…そういや、れーな、浴衣着てる。
淡い水色とピンクの柄が入った、かわいい浴衣…。


「ほら、髪も結んでもらったと!よかろ?」

「あ…そ、そだね…//」


ちょいちょいと指で自分の髪型を指差すれーな。

…ごくっと息を飲んでしまったのは内緒。
だって…髪からのぞく白いうなじが…ねぇ。

思わず見とれてしまった僕の手をれーなが取る。


「行こ、祭り。花火も見たいし。」

「あ…うん。」


手を引かれるがままに、僕はれーなの後を追った。
一瞬、風に乗ったれーなの髪の香りが鼻を掠めた。
…すごい、いいにおいだった…。





「あ!あれ!絵里、あれやるったい!!」

「わわっ…引っ張んなってぇ…;」


きょろきょろと屋台を見回しては、れーなはいろんなものに興味を示す。
僕は必死に後を追う。

射的みたいな遊びをやったり、食べ物の屋台でいろいろ買って食べたり。
れーなはすごく楽しそう。

…うぅ、れーなを直視できない。
ダメだ…浴衣姿が…まぶしすぎるって…。


「んむ…?絵里?」

「…ふぁい?」

「…なんよ、その返事。ほら、たこ焼き食べんと?」

「あ…じ、じゃぁ、ひとつもらおっかな。」

「ん。」


たこ焼きをほおばってたれーなが、僕にひとつたこ焼きを差し出す。
それを受け取って口に運ぶ。

…はぁ、ぜんぜん落ち着かない。
胸がざわざわしてて…ずっと騒いでるよ。


「ん…よし、次行くと!!」

「うぇ?!もう?!」

「そうったい。目標は屋台全制覇やけん!!」

「…うぇー…;」


ひとつのことを終えたらまた次のことに走り出すれーな。
僕が言葉をかけるのも聞かずに…そんな急がなくてもいいって。


「れーな、人多いんだから気をつけなぁ。」

「分かっとぉ!」


…いや、ぜんぜん分かってないでしょ。
人の波に流されながらも、うまく間を縫って前進するれーな。

僕もそうしたいんだけど…やっぱりれーなみたく動けないからさ。
だんだんとれーなとの距離が離れていきそうに。

…このとき、ぱっと手を出してれーなの腕をつかんで“離れちゃだめだって”とか一言言えばよかった。
…その手は、僕のポケットの中でぎゅっと握り締めたままだった。


「はぁ…れーな、早い…;」

「絵里が遅いと!えぇっと、次は…」


息も絶え絶えの僕にもかかわらず、れーなは次の目標を物色中。
…ちょっと休みたいとこなんですが。


「あ!金魚すくい!やりたかったっちゃん!!」

「え…ちょ!」


またパタパタと目標に向かって走り出した。
疲れて動きたくないっていう気持ちがあったけど、れーなをほうっておくわけにはいかない。
痛む足を動かしてれーなの後を追った。





「おじさん、一回やらせて!」

「お、いいよ。はい。」


僕が到着したころには、もうれーなは手にポイを持って金魚を狙ってた。


「…絵里、あの大きいの取る。」

「…え、マジで?」

「マジ。」


…声が本気だ。
れーなが狙うのは、たぶん水槽にいる金魚の中で一番でかいやつ。
んー…ポイが重さに耐えられるかどうか不安なんだけど。

そいつだけに神経を集中させるれーな。
…夢中で気がつかないのか、袖が水で濡れてる。
ホント、子供だなぁ…金魚すくいに夢中になるなんて。

そんなれーなの姿はほほえましかったけど、その笑みは一瞬で消えた。


「……」

「…れーな…」


真剣な目をしてるれーな。
きっと、僕の視線には気づいていない。
…れーなの横顔をじっと見つめる僕の視線に。

すごい綺麗だった…。
周りの熱もあるのか、少し赤く染まった頬、じっと一点を見据える瞳、きゅっと結ばれた唇。
…何もかもが、綺麗だった。


「…よしっ!」

「…あ…」


パシャッと水が跳ねた。
れーながポイを勢いよく動かして攻撃に出た。…ものの…。

ポチャッ。


「…あー…;」

「…落ちちゃった…」


でかい金魚の重さに耐え切れず、ポイには見事にぽっかりと穴が。
でも、れーなはがっかりした表情を見せず。


「にしし、逃がしてしまったwでも、次は取るけんね!」


無邪気に笑って、またもう一回チャレンジを始めた。
…その笑顔は、すごい可愛かった。

さっきは綺麗だったけど…今はすごい可愛かった。
目を細めて、にっと白い歯をのぞかせて…。


「…絵里、絵里。」

「ふぇ?」

「…あれ。あれやったら、取れるかいな?」


すっかりぽーっとしてた僕は、変な声で返事をしてしまった。
けど、れーなはそんなことよりも、目の前の金魚を取ることに夢中で。


「あのちっちゃいのでいいの?」

「うん。…あそこにおるやつと、その隣で泳いどぉやつをとる。」

「…ペアですか。」

「うん、ペア。」


どうやられーなは、水槽の奥のほうで仲良く泳いでる2匹を取りたいらしい。
…1匹なら取れるけど、2匹はどうだろう。
僕にはどうにもできないから、やってごらんとしか言えなくて。
れーなは静かにうなずいて、そっとポイを近づけていった。


「…えいっ!」

「…おぉ。」


まさかの神業だった。
れーなはうまくポイをくぐらせて、2匹をゲットした。
と同時に、僕の方に振り向いてにかっと笑って。


「絵里、取れたと!見て!!」

「…よかったね。」


あまりにも笑顔がまぶしすぎて、そんな答え方しかできなかった。
まだポイは使えそうだったけど、れーなはそれをおじさんに返した。
この2匹だけでいいって。


「ありがとね。」


おじさんに笑顔で見送られて、僕らは金魚すくいの屋台を離れた。

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