捧げ物

□そして始まる物語(雫様へ)
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「ウルキオラくんって普段どんな感じなの?」

「なんで俺に聞くんだよ」

虚圏 虚夜宮の織姫の自室。
ソファーに座る織姫が口を開くと、行儀悪くソファーに足をあげて寛いだ体勢をとり、後頭部を織姫の左肩に乗せて仮眠をとろうとしていたグリムジョーは、乗せていた頭を少し動かし織姫に視線を動かした。

「グリムジョーってウルキオラくんと仲良しじゃないの?」

悪意もなく不思議そうに首を傾げた彼女に「ぶざけんな」と、彼は苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。

「そもそも、あいつは他人が嫌いだろ」

「え…」

「その証拠に、あいつは従属官を持とうとしねェ」

ずばずばと彼女が望まない解答ばかりを突きつける彼の言葉に嘘はないが、日ごろから邪魔な存在のウルキオラと仲が良いなどと言われた腹いせが含まれているのは 言うまでもない。

「せっかく会えるんだったら、せめて少しでも仲良くなれたらなぁって思ったんだけど…」

しょんぼりと視線を落とした彼女に、尚も肩にもたれ掛ったままの彼は据わった瞳を向けた。

「媚売って得になる相手じゃねえぞ」

「そういう意味じゃない!」

眉根を釣り上げた彼女は「グリムジョーのばか!もう肩かさない!」と即座に上体を動かし、彼に背中を向けた。
重力には逆らえず、ソファーに落下した頭を持ち上げつつ、彼は舌打ちをした。

「グリムジョーみたいに仲良くなりたいって思っただけなのに…」

悲しげな背中からぽつりと呟かれた一言。

瞬間、彼の雰囲気ががらりと変わった。

先程まで部屋を包んでいた和やかさとは一変し、鋭い空気がその場に満ちた。

「なんだァ?十刃が簡単にオトモダチとして手懐けられると解れば、自分がここで生き抜く手段を次から次へととっかえひっかえってか」

「っ!」

彼は、冷酷な眼差しを彼女の背中に注ぎながら、彼女の胡桃色の髪を掬った。死角での突然のことに彼女は身を固くさせた。

打ち解けたとて、彼は第六十刃。成り行きとはいえ、殺気に似た冷たい空気を感じる中で、彼に背中を向けたことを彼女は初めて危険だと感じた。故に慎重に言葉を発する。

「グリムジョーは、あたしの事、そんな風に見てたの…?」

「…」

求める返答は無く、沈黙と刺さるような空気が彼女を蝕んでいく。

「…ッ」

無音が一番の苦痛だった。まるで強く肯定しているかのようであり、彼女の中の今まで築いたはずの暖かなものが一瞬で崩れさっていくから。

「あたしは…っ」

「――あたしは…グリムジョーに」

「悪かった、もういい」

突然身体を包みこんだ暖かさ。

「え」

「勝手にイラついて当たって悪かった。思ってもねえ事言った」

突然すぎる安堵に、彼女の頬を一筋の涙が伝った。背後から回された手は、彼女の顎へ移動し、彼の方へ強制的に顔を向けさせた。

「っ」

ペロリと涙を掬った彼の舌。彼女が固まったことなどお構いなしに、彼は彼女の瞳を見つめた。

「俺だけで満足させてやる」

「――っ、ま…っ、」

身体を抱きしめられ、目尻に口づけを落とされ、驚きに声が出ない彼女は、彼の鍛え上げられた胸に手をあてた。

「はい、そこまで!」

扉が突き破れそうな大音量と共に部屋に突然現れたのは、ピンク髪のマッドサイエンティストだった。

「ウルキオラと仲良くなりたいんだって?」

「てめえ、いつから盗み聞いてた」

顔を真っ赤に染める織姫を覗き込むザエルアポロから織姫を遠ざけ、「悪趣味すぎだろ」と悪態づくグリムジョーに、ザエルアポロは「実験の為さ」と飄々と返した。

「ここに僕が作った新作がある」

ザエルアポロが唐突に眼前に掲げたのは、金属製のシンプルなブレスレットだった。

「これをつけた被験者は、姿も霊圧も完全に消すことができる―――ようになるはずだったのだが、困ったことにこれは失敗作でね。自分と多種の存在にだけ、姿も霊圧も観測されることはなくなるんだ」

淡々と説明を続ける彼に、早く出て行けと、ジト目を向けるグリムジョー。勿論織姫は離してもらえず困惑していた。

「ウルキオラの普段見れない顔を見たくないかい?」

「!」

ザエルアポロの予想に違わず反応を見せた織姫に、彼は口角を上げずにはいられなかった。

「利害一致で交渉成立だ。ほら、早くつけないと、任務を終えたウルキオラが直ぐに来るよ?」

腕を伸ばし、差し出されたブレスレット。
受け取ろうとグリムジョーの腕の中で暴れ出した織姫に「ちっ。覚えてろよ」と、織姫に不安な一言を植え付け、彼は彼女を解放した。

織姫がブレスレットを付けるのとほぼ同時に、扉が壊れそうなほどの開閉音が響いた。

「女をどこにやった」

静まり返る部屋にウルキオラの靴音が冷たく響き渡った。

(ウルキオラくん 不機嫌だ…)と、このタイミングは駄目だったのでは、と不安がる織姫。
しかし、今目の前にしている彼こそが普段の彼だということを彼女は知らない。

「貴様らのことは不問にしてやる。さっさと答えろ」

「僕は知らないよ。急に消えちゃたんだからさ」

「…僅かに霊圧が残っているが肝心の姿は無い」

周りの状況を観察しながら考える様子をみせるウルキオラ。その目線はピンク髪の人物で止まった。

「…貴様、女に反膜の匪を使ったのか」

「だとしたら?」

腹の中では愉快に笑っていると容易に予想がつくが、そう思わせない完璧なポーカーフェイスは賛辞に値するだろう。

「…」

もう興味などないというように視線を外した後、ポケットから出されたウルキオラの手には反膜の匪が握られていた。それを見るなり、息を吐きだず様な笑いが部屋に響いた。

「冗談。仮にも藍染様の大事なモノにそこまでしないさ」

「ふざける場面でないことは明白なはずだ」

反膜の匪を投げ捨て、床と音をたてるよりも早く、ウルキオラはザエルアポロの首を掴んでいた。

「答えろ、女をどこへやった」

黒い殺気に包まれた彼は、その空気だけで人を殺せそうで、織姫は、いつしか今している事の目的も忘れ、瞳孔を見開き、恐怖に身体を支配されていた。まるでその場の冷たい空気が彼女を凍りつけるようで。

その空気を一変させたのはグリムジョーの嘲笑だった。

「ただの女に必死すぎて なさけねえな。その行動が、てめえお得意の無意味な事じゃねえのかよ」

「貴様には関係ないことだ」

きりきりと絞められる首に、ザエルアポロが悲痛な声を小さくもらした瞬間、ウルキオラの右手が掴まれた。

同時に首を絞める力は抜け、地面に膝を付き咳き込むザエルアポロ。

瞳を見開き、それまでの殺気が嘘のように消えた彼が見つめる先には、誰もいない。しかし、ウルキオラの服には未だに右手首を人が握っているような皺が刻まれてあった。

「…女?」

彼の言葉に驚き、手を放そうとした織姫の見えない腕を彼は即座に掴んだ。

「何をしている」

見えないにも関わらず、彼女を見つめる視線は的確で、彼女は背筋に悪寒が走った。

「女」

(―――っ!)

強く握られた腕に痛みが走り、顔を歪める織姫。掴まれた手と反対の手でブレスレットを外した。

「ご、ごめんなさい。あたしが二人に無理を言って勝手にしたの。だから…」

「ちゃんと説明しろ、女」

無意識から握っているものなのか、はたまた故意的にしているのか、力強く彼女の腕が握られ、彼女の口から「痛っ――!」と声が漏れた。

「あたしがウルキオラくんと仲良くなりたくて、」

「……は?」

痛みから生理的に出る涙が織姫の目に浮かぶのと、ウルキオラの素っ頓狂な声が出るのは、ほぼ同時だった。

「お前の考えには理解を苦しむ」

「ご、めんなさい」

「…だが、わかった」

「え?」

何が”わかった”なのか、と下げていた顔をウルキオラへ向けると、織姫の右手首に優しく口づけを落とす彼の瞳とかち合ってしまった。

「悪かった」

「え、あ…は、はい」

恥ずかしいことをした本人の澄まし顔とは反対に真っ赤な織姫は、たどたどしく答えるのだった。

「――空気を読め、屑」

甘く優しい雰囲気とは正反対に、鋭い言葉が部屋に残る その他二人に注がれた。

「これは悪かったよ。さっさと退出するさ。後は続きを楽しんでくれ」

「…ちっ」

厭らしい笑みをした研究者と、不満を顔に浮かべたグリムジョーは、早々と部屋から退出していったのだった。

パタリと、誰の入室時にもなかった穏やかな開閉音と共に、部屋に静けさが広がった。

ウルキオラは真っ直ぐにソファーに向かうと、そこに腰を下ろし、織姫を見つめた。

「来い」

「え?」

「来いと言っている」

「は、はい」

何も言わせぬオーラに押し負けた織姫は、彼の横に腰を下ろした。

「お前の考えは意味不明だ」

「っご、めんなさい…」

押し負けるオーラとダメ出しに小さくなっていく織姫。

「だが、俺も少しはそれに寄り添うべきだと考えた」

えっ、と小さく声をもらし、驚く彼女の瞳を彼が覗き込んだ。

「何が望みだ、女」

綺麗な翡翠の瞳が優しく揺らいだように見えた織姫は、目を細め、そして微笑んだ。

「ウルキオラくんに 当ててほしいな」







* * * 




回廊には二つの足音が響いていた。

「二人が上手くいきそうで残念かい?」

「関係ねえ」

「へえ」

ぶっきらぼうに返してくる相手にザエルアポロは興味深しく目を細めた。

「俺は、何食わぬ顔してる あいつが気に食わねえだけだ。

命令で女を大事にしてるなんて抜かしてるが、

そもそも、あいつは女の部屋に行く回数が多すぎんだよ」

「それもそうだ」

冷静に受け答えしつつも、ザエルアポロは小さく口元を歪めた。


(君もよく見ているじゃないか。

――果たしてそれは、誰を見ているんだろうね)





回廊に響く足音は、何かのカウントダウンのように次第に遠のいていく。

それぞれの感情も思惑も、まだ 始まったばかりのモノ。











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