捧げ物

□キリ番1700(紗音様へ)
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人間界にはないような色形をした花が咲き乱れ、漂う大気は甘く、どこかキラキラとしている不思議な場所。

ウルキオラは、黒い天使の羽をバサッと動かし小さく畳むと、その花畑に降り立った。

そこには似合わぬ黒色が彼は異種だということを際立たせているようだった。


彼が降り立った近くには、真っ白な羽を持った天使が花畑に腰を下ろしていて、後ろで音がしたのに気づいた彼女は、ウルキオラの方を満面の笑顔を湛えて振り向いてきた。


「ウルキオラさん!」

「お前も懲りない奴だな、女。」

「それでも、毎日ウルキオラさんは来てくれるんですね?」

ウルキオラの呆れ顔に、純白の天使―――織姫は、ふふっと満足気に微笑んだ。


――――俺と女は、数週間前まで、一切繋がりなどなかった。

いや、在るはずなどないのが当たり前だ。



遡ること数週間前、偶然この場で、傷を負っていた女を見かけた俺が、放っておけばいいものの、(ただの気まぐれであろう、)傷の処置をしてやった事が始まりだ。

少し痛みが和らぎ、緩んだ顔を見せた女は、俺に返しがしたいと言い出した。

俺は、見返りの為に助けたわけでもなく、興味などない、と女の申し出を断り、女に背を向け、その場を去ろうとした。

その時、女は俺の背中に向かって、「この時間に!もう一度、此処に来てくれませんか?あたし………ずっと待ってますから!」と、声をぶつけてきた。

俺は女に何も返さず、黒き羽を広げ、その場を飛び去った。

…しかし何故か女の事が気にかかり、次の日、俺が花畑に赴けば、満面の笑みを湛えた女が俺に駆け寄ってきた。

「もう来るな。礼などいらん。」と俺が言えども、女は「駄目です。あたし、貴方が何が良いかを言って、それをお返し出来るまで明日も明後日も、ずっと待ってます。」と頑なに言ってくる。律儀な奴だ。

その後、女が俺を知りたいと、少しの会話に付き合って、別れ、俺は次の日も女の事が気にかかり、また此処に赴く。

俺は毎日此処に来ることが日課となっていた。



「も―…最近ずっとこの会話からですよ?」

あたしはずっと来ますよ!まだちゃんとお返しをしてないんですから!と頬を膨らましながら、織姫はじっと不満気な瞳で横に腰を下ろしたウルキオラを見つめた。

「それはいいと言ったはずだ。」

織姫に視線を返しながら、ウルキオラが冷たく言い放っても、織姫の表情が変わることはなかった。

そんな織姫をウルキオラは、急に真剣な眼差しで見つめた。

「…わかっているのか。俺とお前は違うんだぞ。」

―――俺達が永遠に交じり合えない関係で、それ故にこうして会うことも禁忌だということを………

そんな意味がウルキオラの言葉には込められているような気がした。

「何も、」

じっと2人が見つめ合う中、織姫が口を開いた。

「何も違いませんよ。」

迷いなき真っ直ぐな瞳がウルキオラを見つめた。

「違いません。」

強い光を宿す瞳に反して、織姫の表情は、何処か悲しげに見えた。

「変わった奴だな。」

フイ、と、先にウルキオラが織姫から視線を外せば、織姫は、それ以上掛ける言葉が見付からず、二人の間に、重い沈黙が流れた。



――――どうして、そんな悲しい事を言うんだろう。

我等の主に、堕天使の事は聞かされていた。
彼等はあたし達の敵で、悪者で…。
彼等の良い話は一つとして聞かされなかった。

だから、始めて会った時は凄く怖かった。

…でも、ウルキオラさんは優しくて、何処が違うんだろうって不思議に思った。
あの深い緑色の瞳に見つめられると、じんわりと心の奥底から暖かみを感じるのに。


あたしは、ウルキオラさんにお返しがしたいと言いながらも、どこかでまだ言ってほしくないと願ってる。

お返しがしたい気持ちは本当なの。

…でも、それが終わってしまったら、もうウルキオラさんと会えないんじゃないかと思うと悲しくなるの。

…いつも、ウルキオラさんに逢いたいと願ってしまうあたしに気づいてしまったから。


「あ、髪に花びらついてますよ」

ふと、ウルキオラの横顔に目をやった織姫がウルキオラの髪に引っ掛かっている花びらの存在に気づくと、それに向かって手を伸ばした。

が、その手がウルキオラの髪を掠るより早く、ウルキオラは織姫と反対方向に身を引き、距離を取った。

「自分でする。」

(あ…)

行き場を失った織姫の手が、悲しく地面に落とされた視線と共に引っ込められた。


――――いつも、不思議と距離を感じてしまう。

ウルキオラさんは、あたしが触れようとすれば、いつも極端に避けるんだ。

触ってくれたのは助けてくれた時だけ。

接し方も始めて会った時と比べると、何処かよそよそしくて、

それらは、ウルキオラさんがあたしと一線引いているんだってことをひしひしと感じさせる。

それが凄く寂しくて、近くにいるはずなのにとても遠くに感じてしまって…――――。



「なんて顔をしている。」

「え、あ!ごめんなさい。何でもないです。」

ウルキオラの声にビクリと反応した織姫は、慌てて顔を上げ、ウルキオラに笑顔を見せた。

(もしかして、感情が顔に出てたのかな?…ウルキオラさんに嫌な思いさせちゃったのかも…

何やってるんだろ、あたし。せっかく一緒にいれる大切な時間なのに…)

「何を考えている」

「え!?あはは…」

またやってしまった、と織姫は心の中で自分を叱咤しながら、ごまかすように微笑んだ。

そんな織姫の心を見透かすのではと思う程に、じっと、何を考えているかわからぬ瞳で織姫を見つめてきたウルキオラ。

それに応えるように、少しおどおどしながらも、織姫も見つめ返し、数秒絡み合う互いの視線。


フイ、と視線を先に外したウルキオラは、片手で顔を覆うと、疲れたように溜め息を吐いた。

「お前という奴は…」

「ウ ル、……」

ウルキオラさん?と、不安気に眉を下げた織姫が呼ぼうとした時、織姫全体にかかった黒い影。

近づいてきたウルキオラを織姫が見上げれば、サラリとウルキオラの白く長い指が、織姫の暖かな色をした髪に通された。

ドキリとした心音に浸る暇さえ与えられず、上から近づいてくるウルキオラの顔。

恥ずかしさに頬を朱色に染めた織姫がギュッと瞳を閉じれば、ウルキオラの唇が優しく目尻に触れた。

「……え…」

驚き、織姫が目を見開けば、すぐ近くに見えたウルキオラの顔。

カッと、瞬間的に真っ赤になった織姫は困ったように目線を下に向けた。

「…お前が悪い」

ウルキオラは、ゆっくりと織姫から顔を離し、髪から手を抜くと、翼を広げ、その場から飛び去ってしまった。



「な…んで…?」

ウルキオラの唇が触れて熱くなったそこを押さえながら、真っ赤になった織姫は、力無くペタリとへたりこんでしまった。



――――あいつが悪い。


俺は堕ちた身だ。
清廉で脆い女にとって、俺は汚れで破壊者でしかない。

故に俺は今まで女に触れぬよう努めた。

それなのに女は、切な気で、今にも泣きそうな顔を見せ…―――

俺も我慢の限界だ。


女が弱る姿を見ても尚、己の意志を優先させれる程、俺の心身は物分かりが良くない。

あいつに涙など似合わない。

弱る女に何故か触れたくなって…、泣くな、笑えと、降り注いだ唇には、そんな気持ちを込めた。


―――俺らしくもないことを…

ウルキオラは、深く溜め息をついた。

「女…お前という奴は、何故俺を掻き乱す…」


相反する関係故に、いつかは離れなくてはならないのなら、いっそ俺から切り捨てるべきだが…そうはできない。
俺も可笑しくなってしまったのかと呆れ笑いがでる。


あいつは、礼をしない限り俺の元から去らないだろうか。

俺はいつまで側にいれるのだろうか。

そんな事を考える俺は、知らぬ内にあいつに心を堕とされたのか、――とウルキオラの口角が僅かにあがった。



トクン…トクン…と花畑にへたりこんだままの織姫の心拍は収まるところをしらない。

織姫はその拍動までも甘く愛おしく感じ、胸の前に手を当てた。

(どうしよう…、あたしも、堕ちてしまいたい)





「「もし…」」

「「同じだったなら」」

側にいない想い人を脳裏に浮かべながら、双方共に目を閉じた。





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