捧げ物

□キリ番2900(ハジメ様へ)
1ページ/3ページ

「おはよう、ウルキオラ!」

スーツを身に纏ったウルキオラが、ノックの後、質素に纏めてあるが、何処か気品にあふれていて、且広く、隅々まで清掃が行き渡っている織姫の部屋に足を踏み入れると、嬉しそうな笑みを湛えた織姫が彼の側に駆け寄ってきた。

「おはようございます、お嬢様。」

ウルキオラは淡々と、義務的な挨拶を返した。

「あのね!あのね!今日あたし……」

生き生きとした表情で話し出した織姫だが、あっ、と何かに気づくと、それを中断させた。

「ウルキオラ、またネクタイ曲がってるよ。」

「………悪い。」

織姫はウルキオラのネクタイを手に取ると、キュッと、笑顔混じりにそれを正し始めた。

「ウルキオラってお仕事はしっかりできるのに、こんな所で不器用さんなんだね。」

「………出来ないわけではない…」

織姫の仕草をまっすぐ見つめながら、ウルキオラが小さく呟くと、織姫は顔を上げ、不思議そうな表情を見せた。

「え?ウルキオラ今何か言った?」

「何も、ない。」

ウルキオラは、目線だけをフイッと反らすと、少しぎこちない返答をした。

その様子に織姫は、更に不思議そうに首を傾げるのだった。

「…先程話そうとしていたのは何だ。」

ウルキオラが目線を織姫に戻し話を切り出すと、ネクタイを正し終えて満足気な顔をしていた織姫の雰囲気がパッと一層明るいものになった。

「あ!あのね!今日あたし、何も用事がないみたいなの!」

「それがどうした。」

「ほら!最近パーティーとかが一杯あって、あたし忙しくて、その…自由な時間がなかなか取れなかったでしょ?」

「…ああ。」

織姫の言いたいことが未だに分からず、ウルキオラは訝しげな顔をした。

「でも今日は、ウルキオラと遊べるなって思ったの」

僅かに頬を染め微笑んだ織姫は、愛らしい乙女の表情だった。

「俺はいつでもお前の側にいる存在だ。そんな俺と何をするのが楽しみなんだ」

「えーとですね、例えば―、お話したり、お散歩したり…ですかね?」

「そんな事なら俺以外の誰とでも出来るだろう。」

わかった。楽しく話をしたいのなら、大勢の方がいいだろう。他の奴等も呼んで来てやる、とウルキオラは踵を返し、部屋から出て行こうと、扉に手をかけた。

その瞬間、クイッと後ろから服引っ張られ、振り返って見ると、織姫が両手でウルキオラの服の裾野を掴んでいた。

「違うんです。
あの、お話するのもお散歩するのも楽しみっていうのは本当なんですけど…」

始めは熱心な視線をウルキオラに向けていた織姫だが、ウルキオラがそれに応えるように見つめ返すと、戸惑ったように頭を下げた。

「何だ。はっきり言え」

尚も織姫をまっすぐ見つめるウルキオラ。

裾野を掴む織姫の手の力が自然と強まった。

「あたしが本当に一番楽しみだったのは、その…ウルキオラと二人でいれるから、なの…」

俯いている織姫の表情をウルキオラが見ることは出来なかったが、織姫は、耳まで真っ赤だった。

「俺はいつも側にいるだろう」

不思議そうに首を傾げながら真面目に答えるウルキオラに、織姫は、あはは…と力無い笑いしか出なかった。

(ウルキオラの、鈍感)










すっかり闇が包み込み、辺りも静まり返った夜。

規則的な寝息をたて、穏やかに眠る織姫の部屋の扉が静かに開かれた。

開かれた扉から顔を覗かせた人物はウルキオラで、彼は部屋に入ると、織姫を起こさないよう、ゆっくりと扉を閉じた。

パタン、と扉が閉じられた瞬間、廊下から部屋に差し込んでいた光が途切れ、テラスへと続く大きな硝子窓から差し込む優しい月の光だけが部屋を照らしていた。

ウルキオラはゆっくりとベットへ近づき、そこに腰を下ろした。

未だに穏やかな寝息をたてる織姫。

ウルキオラは、その織姫の額にかかった髪を退けると、優しく頬を包み込んだ。

(………。)

織姫をまっすぐに見つめるウルキオラの表情は、何ともいえないもので、そしてどこか悲しげだった。

静かにウルキオラの瞼が閉じられる。

瞬間、彼の脳裏に数日前のあるやり取りが浮かんだ。






「あんた、あたしの所に来なさいよ。」

「俺はお前の戯言に付き合っている暇などない」

数日前のパーティー。

勿論参加していた織姫に付き添い会場にいたウルキオラは、突然ロリに呼び止められた。

ちょっと付き合いなさいよ、と誘われ、ウルキオラは、織姫を他の護衛に任せると、二人は人気のない庭へと出て行った。

そして庭に出てくるやいなや、ロリが突拍子もなく、口を開いたのだった。

「お前がお嬢様に関わることだと言ったから来たまでだ。用がそれだけなら俺は行くぞ。」

呆れ顔のウルキオラがロリに背中を向けた瞬間だった。

「ちょっと待ちなさいよ。話は最後まで聞くべきじゃない?」

ロリのからかうような調子の声がウルキオラの背中に浴びせられた。

「なんだ。早く言え。」

振り返ったウルキオラに満足そうな笑みを見せるロリ。

やけに目につく、その嫌な笑みにウルキオラは眉間の皺を深めると、心の中で舌打ちをした。

ウルキオラは、あまり長くロリと二人きりではいたくなかったのだ。

ロリは織姫の家とは対立する一家で、事業も黒い噂の絶えないものばかりだった。

その天敵ともいえる相手の、しかも中心核の一人と二人でいれば、自分が有らぬ誤解を受ける可能性がある上に、長らく姿を見せないウルキオラを心配し探しに来るだろう織姫とロリを絶対に合わせるわけにはいかなかったからだ。

「あたし、あんたの所のお姫サマがすっごく気に入らないのよね―」

「……」

ロリが口を弧に歪ませる様は、何か狂喜じみたものを感じさせた。

「あたし、ふとした拍子に、あのお姫サマをズッタズタにしちゃうかもしれないわ」

「…俺が側にいるからには、そんな事はさせないつもりだが。」

クスクスと嫌に見せ付けるように笑うロリに耐え切れなくなったウルキオラが、静かに口を開くと、ロリは目を真ん丸とさせ、ウルキオラを数秒見つめた。

「…っぷはッ!あはははは!何それ!?お姫サマの騎士!?たっくましぃ〜」

ケラケラと馬鹿にするように笑うロリに、ウルキオラは冷淡な表情を向ける。

「でも」

ピタッと先程の笑い声が嘘のように止むと、ロリの口角がニヤリと上がった。

「あんたがずぅ――っとお姫サマの側にいるなんて不可能だと思わない?ちょっとの隙でも、あたし達なら見逃さない」

黒い笑みが闇と同調する。

「………」

ウルキオラは、"それでも俺が護る"などとは簡単に言えなかった。

それ程までにロリがバックに抱える闇組織には実力があったのだ。

「俺に…何をしろと言うんだ」

「だからさっき言ったじゃない」

フンッと鼻を鳴らし、すっかりウルキオラより優位にたったロリは、余裕の表情を見せた。

グッと、ウルキオラの拳が感情的に荒々しく握られた。











ゆっくり瞼を開けば、目の前には、穏やかに眠る織姫。


『最高の別れ方してきなさいよ。――――ここ。心に、大きい傷が残るような言葉でも浴びせてさぁ。アハハ!』

ふと脳裏を掠めたロリの言葉に、胸の中で黒い感情が込み上げてきたが、織姫の姿を映すだけでそれは溶けるように消えていき、暖かく愛おしいものに変わった。

目覚めないだろうか、と心配しながらも、彼は優しく織姫の頬を撫でた。

長らく側にいたものの、ウルキオラから織姫に触れることなど、あまりなかった。

それは、触る必要などなかったからなのか、それとも自分が付き人であるからと、一線を引いていたからか…。

「んッ…ウ、ル…」

織姫がモゾリと動き、ウルキオラは瞬時に手を引いたが、どうやら織姫が起きたわけではないようだった。

(寝言、か…)

自分の名前を口にされたことに、果てしない愛おしさを感じたウルキオラは、再度手を伸ばし、次は頭を撫でた。

同時に織姫の顔を覗けば、幸せそうな表情がウルキオラを迎える。

その瞬間、ウルキオラの胸の内に、大きな何かが押し寄せてきた。

それは今までも幾度となく込み上げてきては、いらぬものだ、と決めつけ、無視してきたもの。

それ故に、今までその正体を深く考えることのなかったウルキオラにとって、今でも何か分からぬもの。

でも、ただ………


ウルキオラはゆっくりと織姫に顔を近づけていく。

月の光が柔らかく二人を包み、部屋の中で影が一つに重なった。

「    」

ウルキオラは、織姫の耳元で何かを囁くと、そっと顔を離し、織姫の顔を一瞥するもなく、そっと部屋から消えて行った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ