捧げ物

□キリ番4800(志乃様へ)
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「あ」

休日の昼下がり。

二人は、織姫の提案により、ショッピングモールでぶらぶらと買物をしていた。

織姫の突然の声と共に、ウルキオラの服の裾がクイッと引っ張られた。

「何だ」

「ウルキオラってマイカップ持ってる?」

面倒臭そうに織姫を見遣ったウルキオラは、織姫の唐突すぎる質問に一瞬顔をしかめた。

「……持っていないが」

「それじゃあ、今から買おうよ!」

それがどうした。と続けようとしたウルキオラの声を遮って、勢いよくウルキオラに近づいた織姫は、笑顔と共に二人の真横に位置する食器店を指差した。

その店の中には、高級なものから庶民的なものまで幅広くディスプレイされており、色もデザインも様々だった。

ウルキオラにぶつかる輝く視線。

ねっ?と可愛らしく首を傾げた織姫に、ウルキオラは、眉間の皺を深めた。

「いらん。行くぞ。」

「あ…ッ!」

ウルキオラが前を向き歩き出せば、織姫の手から裾は抜け落ち、切な気な声が漏れた。

お構いなしに進むウルキオラと、食器店に置かれている、ある品に何度も迷ったように視線を行き来させた織姫だったが、どんどん遠ざかるウルキオラに不安を感じ、眉を下げ、その背中を追い掛けたのだった。









(やっぱり…買おうかなぁ…)

ウルキオラの後ろをついていきながら俯きぎみに思案を巡らす織姫。

今、ある二つのマグカップが彼女の頭を占領していた。

先程の食器店にディスプレイされていた、可愛らしい形をした、同じデザインで色違いのマグカップ。

そのデザインは、その二つが最後のようで、周りには違うデザインのものが並べてあった。

何故か織姫は、瞬間的にその二つにだけ目がいったのだ。

ウルキオラとペアじみたものを持ちたいとか、そんな理由ではなく、ただ、どうしても、気になって仕方がなかったのだ。

今も鮮明に脳裏に残る、オレンジ色と緑色のマグカップが…―――。



「―――――か、女。」

「へ!?」

突然聞こえたウルキオラの声に肩を震わせ、素っ頓狂な声を出した織姫。

考え事に熱中するあまり、ウルキオラの話を聞き逃していたようだ。

刺さるようなウルキオラの視線が、織姫に尋常ではない汗をかかせる。

「…あ…えと…ッ、ん…」

耐え切れなくなった織姫が、数度迷ったように口をもごもごとさせた後、パッと、何か閃いたように顔を明るくした。

「そう!あたしトイレに行ってくるね!」

貼付けた笑顔で一気にそれだけを言うと、ウルキオラの返事を待たず背中を向け、足速に去ってしまった。

女…ッ!と、少し焦ったように手を伸ばしたウルキオラだが、それはやはり届くことはなく、その手を額に当てると、はぁ、と疲れたようにため息をはいた。






(に…逃げちゃった…)

織姫は、化粧台で両手をつき、頭を下げ、自己嫌悪に陥っていた。

(どうしよう…ウルキオラ怒ってないかな…)

織姫が目の前の鏡に視線を上げれば、そこに映っていたのは、眉を下げ、困ったような顔をした元気のない少女。

(あたしから誘ったのに、あたしがこんな顔してたら駄目だよね…ウルキオラも楽しくないに決まってる…)

ギュッと拳を握った後、もう一人の自分に力強い視線を向けた織姫は、両手で自分の頬をペチンと叩いた。

(あ…そういえば…ウルキオラ今日ずっと機嫌悪いなぁ…)

ふと過ぎった考えに織姫は、あたしのせいだよね、と結論付けると、喝を入れる為にガッツポーズをした後、トイレを出た。

「ウルキオラ―?」

笑顔で名前を呼んだ彼を探してみたが、その姿が見当たることはなくて…。

あれ?と、笑顔のまま固まった織姫。

(帰っちゃった…なんて…――)

有り得ないよね?と考えようとも、今日のウルキオラの機嫌と、自分の最後の態度が頭を霞めれば、その考えも力無く消えていった。

「どうしよう…」

悩んだように俯き考える織姫の肩を後ろからちょいちょいっと誰かが突いた。

パッと明るくなった織姫が、「ウルキ…」と、嬉しそうに振り返れば、

「君さっき彼氏と喧嘩してたでしょ?彼氏どっか行っちゃったから、俺達と遊ぼーよ。」

織姫よりはやや年上な三人の男子が、ニヤニヤと嫌な視線を織姫の体に向けながら、じりじりと織姫に近づいてきた。

「ん―…でもあたし、少し探してみますね!ありが」

少し迷った後、親しみある笑顔を向け、男達の元を去ろうとした織姫の腕を三人組の一人が掴んだ。

「だ―か―ら―。走ってどっか行っちゃったんだよ?もういないって」

「走って…」

男の言葉を復唱しながら
普段の彼からは考えられない行動に、きょとんと考え込んだ織姫。

「ねぇ、別に悪いようにはしないよ。君可愛いからさ。」

ツツッ…と突然頬を撫でてきた男の手に、小さく肩を揺らした織姫。

「かわい―」と口を弧に歪めながら、男の手が織姫の顎を掴み、クイッと上に持ち上げた瞬間だった。



ゲシッ


男の体が思いっきり横に飛んだ。

驚き目を見開いた織姫が、ゆっくり男と反対側に視線を向ければ…

「ウル…キオラ…?」

「消えろ、下衆が」

無表情ながらも、彼を纏うオーラはどす黒く、それに震え上がった男達は、直ぐさま倒れた男を抱え上げ、捨て台詞もなく、その場を去っていった。

惚けた状態でそれを見つめていた織姫。

突然「来い」という、ウルキオラの声と共に手首を捕まれ引っ張られると、人気のない階段に連れて来られた。

「ありがとうウルキ…」

「お前は、もっと全力で否定できないのか」

安心した笑顔を向けながら織姫は口を開いたが、背中を向けたままのウルキオラの呆れた溜息混じりの言葉がそれを遮った。

「ごめんなさい…」

声色から感じ取られるウルキオラの苛立ちに、織姫は俯き、弱々しい声を出した。

「それに、お前は危機感が足りん。」

「………はい。」

「人の話も上の空で嘘をつくのも下手すぎる。」

「……うッ……はい。」

(ウルキオラ気づいてたんだ…。)

ウルキオラの言葉にどんどん萎縮していく織姫。

「……。」

しかし、次なるウルキオラの言葉は発せられることなく、一旦会話が途切れ静寂が流れた。

「………?」

不思議に思った織姫が、恐る恐るウルキオラへ視線を上げると、いつの間にか振り返っていたウルキオラと視線がかちあった。

「あいつらに何をされた。何処を触られた。言え。」

男に触られた方の頬を包み込み、体を近づけてきたウルキオラ。

「ウルキオラが助けてくれたから大丈夫だよ!?」

「お前は嘘をつくのが下手だ。」

ウルキオラは、焦る織姫の顎に手を移動させ、クイッと持ち上げた。

絡み合う視線。

確実に詰まる距離。

「まっ…待ってウルキオラ!」

「知らん」


コツン

その時、織姫の腕に何かが当たると、その場にはそぐわぬ紙袋の音がなる。

「あれ!?これどうしたの?」

しめた!というように紙袋に注意をひこうと必死な織姫。

「今は関係ない」

しかしウルキオラは、それに取り合う気はなく、グッと距離を詰めようとした。

「あたしは気になるな!だから今!今教えて!」

わかりやすい織姫の拒絶に、ウルキオラは一旦動きを止め不満気な視線を織姫に向けた。

にへらと笑う織姫。

双眸を閉じ嘆息すると、ウルキオラは、織姫から離れ、織姫の前に紙袋を差し出した。

「女。お前にだ。」

「あたし…に?」

誕生日が近いわけでも、何か祝われることを成し遂げた覚えのない織姫がきょとんとしていると、ウルキオラは、「開ければわかる」と織姫に中身を見るよう促した。

促されるままに織姫は紙袋を受け取り、中から箱を出して、包装を丁寧に解き、箱を開けると、そこにあったのは、あの緑とオレンジのマグカップ。

「え…?」

「違うのか。」

驚き目を見開く織姫に、ウルキオラが顔を覗き込めば、織姫は顔を横に振った。

「ありがとうウルキオラ!」

飛び切りの笑顔がウルキオラを捕らえれば、自然と和らぐ空気。

「でも、こっちはウルキオラにって思ってたの!」

織姫は、箱から緑色のカップを取り出すと、ウルキオラに差し出した。

「そうか」

無表情ながらもウルキオラから僅かに柔らかさが感じられた。

ウルキオラが、手を伸ばせば、その手はカップを持つ織姫の指に重なり、そこから生まれる暖かさに、織姫はくすぐったい笑顔を見せたのだった。







「わ―…すごい人…」

あの後、もう帰ろうと話の纏まった二人が店をでると、休日な上にまだまだ活動時間のせいか、道は人で溢れかえっていた。

「はぐれないようにしなくちゃだね」

ウルキオラに笑顔を向けた織姫だが、その顔が一瞬強張ったかと思うと、見る見る内に頬は赤く染まっていき、遂に織姫は俯いてしまった。

「問題ない。」

少し満足気な声が織姫の耳に届くと、ウルキオラは自ら絡めた手を引き、歩き出したのだった。

(先程から女を見ている下衆共が…これで少しは静まれ。)

人混みに消えていく二人は、何処から見てもお似合いの恋人だった。






そんな二人の休日。









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