捧げ物

□何よりも誰よりも(じゅ様へ)
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放課後になり、それぞれが会話を始め、賑わいだした教室。

「おい、今日は卵が安いみてェだぞ、女」

「ほんとだ!じゃあ今から買いに行こうよ、グリムジョー」

「あんた、いい主夫なんだな…見かけによらず」

その教室で、机にチラシを広げ、本日の買物について話す織姫とグリムジョー。そしてその二人に交じるたつきがいた。

「グリムジョーは一人暮らしだから、遣り繰りしなきゃ大変なんだよね?」

「あ?まぁ…な」

織姫に対しグリムジョーは、どこか曖昧な返答をした。

実を言うと、贅沢は出来ないものの、尸魂界からの支給は並にはあるのだ。ただ、グリムジョーは、その事を故意に織姫には話していない。

「料理作ってる所とか、想像できないわ」

「えへへ―実はね、たつきちゃん。始めはあたしが…ふあっ」

「余計なこと言うんじゃねェよ!!」

グリムジョーが織姫の口を慌てて塞ぐ。

「もふぁふぅ―」

「はっ。何言ってんだか、わかんねェなァ」

ばたつく織姫に、からかうような笑みを向けるグリムジョー。自然にでているその表情が、普段のグリムジョーから想像出来ない程に優しいものだと知らないのは、きっと織姫だけに違いない。

「グリムジョー、あんた殺されるわよ」

たつきの呆れたような声と共に、ウルキオラが殺意ある眼差しを約1名限定に向けながら、ガタリと静かに席から立ち上がると、織姫達の方に向かってきた。

「あのっ!ウルキオラくん…」

と、その時、静かな殺戮者(予定)を引き留めた女子の声。

「…何だ」

無表情のまま、ウルキオラが声のした方向を振り返ると、ドア付近に他クラスの女子が気恥ずかしそうに立っていた。

「えと、今から少し、時間あるかな?」

首を僅かに傾け、ふわりと髪を揺らし、頬を紅潮させる女子。その熱い眼差しは、ただ一人に熱心に注がれている。

「…」

(あの人、もしかして…)

織姫は僅かに表情を曇らせた。

「いや、俺は女の買物について行「あたしはグリムジョーと買いに行くから大丈夫!」

「あ?」

両手でグリムジョーの手を口許からのけた織姫は、いつもより張った声でウルキオラに呼びかけた。

「ほら、グリムジョー早く!卵売り切れちゃうよ!」

「急に何だよ」

手をぐいぐい引っ張る織姫と、状況を呑み込めていないグリムジョー。

「それじゃ、ごゆっくり!たつきちゃん また明日!」

グリムジョーをドアまで引っ張っていった織姫は、ウルキオラとたつきに振り返り、手早く挨拶を済ませると、教室から駆け出して行った。

「ちょ、待て女!ひっぱんじゃねェ!」

繋がれた手を振り払うはずもないグリムジョーは、織姫になされるがままついていくのだった。

「こけんなよ、織姫―」

「…」

ウルキオラは無言で、グリムジョーと去って行った織姫の方をじっと見つめていた。

「あの…」

いつまでも視線を戻してくれないウルキオラに対し、女子は控えめに声をかけると、ウルキオラは目線だけを女子に向けた。

「今日は外せん用事がある。急ぐ用なのか」

「う、ううん!」

「そうか」

「急にごめんね。それじゃ また」

頬を染め、笑顔を見せた女子はそれだけ言うと、パタパタとそこから去って行った。
その時既にウルキオラは、そちらに視線すら向けてはいなかった。

「あんたって、もう少しましな態度がとれないの?あの子が不敏だわ」

ったく、この男のどこがいいんだか、と小言を言いつつ、たつきがウルキオラに近づいてきた。

「何か用か」

相変わらずの無愛想なウルキオラにたつきはため息をつく。

「少しだけ愛想のないあんたにアドバイスでもしようかな、と」

たつきの鋭い眼差しがウルキオラを捕らえた。

「織姫が気になるなら、自分から動かなきゃ、あの子は本心を言わないわよ」

「―――そうだな」

「!」

目を伏せ、何処か憂いを帯びた表情を見せたウルキオラ。

しかしそれは一瞬だけで、すぐ常の表情に戻ると、面食らってしまったたつきに目も暮れず、ウルキオラは、鞄を手にし、教室から去って行ったのだった。

「なに…あれ…」










「―――以上で今週の報告です」

場所は変わり、浦原商店。

巨大なモニターの前で、正座をしているウルキオラと、その近くには、建物の主である、浦原喜助がいた。

ウルキオラは毎週、尸魂界への報告義務があり、今日はその報告日の為、浦原商店に訪れたのだ。

ウルキオラの、報告を締めくくる常套句を聞くと、モニター画面に映る人物――浮竹十四郎――は微笑んだ。

「わかったよ、ご苦労様」

その後、義骸の調子はどうか、など 整備面での点検を終えると、浮竹が唐突に話を振ってきた。

「そろそろ現世の生活にも慣れたかな?」

「はい」

浮竹は肩をすくませた。

「今の会話はもう任務の報告じゃないんだ、固くならなくていいよ」

その言葉に対し、ウルキオラは怪訝な表情を見せる。

「無理っスよ、浮竹隊長。彼は元から固い性格なんスから」

報告の間、横で黙っていた浦原が、ケラケラと笑いながら進言してくると、浮竹は苦笑いした。

「その、井上くんとは、上手くいっているかい?」

「…いつも通りだ」

「そ、そうか。……うーん」

苦笑いを浮かべた浮竹は、こういう話は上手く出来ないものだな、と困ったように呟く。その様子に、浦原は、またケラケラと笑った。

「手を繋いだか、とか色恋沙汰が聞きたいんスよね」

「ん、そ、そうだな」

お節介なことなんだがね、と恥ずかしそうに付け足す浮竹。
ウルキオラは、無表情のまま、それを眺め、口を開いた。

「恋など、全くもって理解できん」

「ほぅ」

先に反応を見せた浦原は、興味あり気な声をあげた。

「君は、井上くんのこと、好きかい?」

穏やかな表情をした浮竹に、ウルキオラは、視線を畳へと移した。

「そういった感情を、俺は理解していない」

「そうか。では――」

ウルキオラの返答に、尚も優しい表情を向け、浮竹は口を開く。

「――!」

が、突然、ハッと顔を上げたウルキオラ。
その後、すぐにその場から立ち上がると、浮竹へと視線を移す。

「報告は終わっただろう。俺は帰る」

「そうか、では また」

驚いた表情はウルキオラの瞳とかち合うと一瞬で消え、浮竹は理由も聞かず、ウルキオラを見送った。

浮竹の言葉もそこそこに、退室していったウルキオラの足音が部屋から遠退いていった。

それと共に、浮竹の視線が、ゆっくり浦原へと向けらる。

「井上くんかい?」

浮竹の穏やかな声が静寂に響き渡る。浦原は、ニッと笑って見せた。

「そっスね。今日は一緒に来てなかったみたいっスけど、今来たっス」

浦原の返事に浮竹は破顔した。

「わかりやすいな、彼は」

「それでも本人は、無自覚なんスよね―」

浦原の呆れたため息が空気に溶けたのだった。







「あ!ウルキオラ、報告終わったの?」

壁に持たれていた背中を離し、織姫が笑顔でウルキオラを迎えた。

ウルキオラが、あぁ。と、簡単に返事を返した後、二人は帰路についた。

「買い物してる時に、今日報告する日だったのに気が付いて…いつも一緒だったのにごめんね」

卵の価格に釣られちゃいました、と申し訳なさそうに謝る織姫をじっと見つめるウルキオラ。

その手元を見て、僅かに眉間が険しくなった。

「女。買物と…あいつはどうした」

「え?――あ!」

唐突なその疑問に首を傾げた織姫だったが、ウルキオラの視線の先である、空いている手元を見て、何かに気付いたようだった。

「グリムジョーとは買い物の後に別れたんだけど、グリムジョーが、あたしに卵を持たせるのは危なっかしいって袋持って帰ってくれたの」

大丈夫なのにね―、と笑顔になる織姫とは別に、益々難しい表情になるウルキオラ。

「…何故、先に帰った」

ぽつり、とウルキオラが漏らした一言に織姫の肩が揺れた。

「ウルキオラ、用事があったみたいだから」

地面に視線を固定する織姫。

「先に帰ってごめんね」

悲しそうに眉根を下げる織姫を一瞥したウルキオラは、特に返事をするわけでもなく、また視線を前へと戻した。

二人の間に沈黙が生まれる。アスファルトに擦れる靴音だけが二人の間に響いていた。

入れ替わるようにして、ウルキオラを横目で盗み見た織姫。

少しウルキオラを見つめた後、再度地面へと視線を戻した。






「…ウルキオラ、人気だね」

独り言のように 小さく悲しげに、ふと呟かれた一言。
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