捧げ物

□無意識下の願い(蓮華様へ)
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日も殆ど傾き、地平線に沈む頃、二つの小さな影と大きな影が地面に伸びていた。
手を繋ぎ嬉しそうにする二人。
そこにもう一つ、親子の影が交わった。

「おか―さん カレーたべたい!」

「今日はオムライスでしょ」

「おれオムライスもすきー」

仲良く手を繋ぐ親子をぼんやりと見つめる少女。

「織姫?」

織姫の兄である昊が織姫の顔を覗き込んだ。

「わっ!」

「やっぱり、寂しいか?」

優しい表情が一瞬陰りを見せた。

「ううん。おにぃちゃんがいるから さびしくないよ」

「ごめんな」

笑顔ながらに優しく頭を撫でてくれる昊に、織姫は表情を和らげた。

しかし、笑顔を見せていても、昊はどこか切な気に見えた。

「おにぃちゃん あのおうた うたって」

「うた?」

「あたし おぼえたよ!げんきになれる おうた」

元気になれる歌。
それは、織姫が寂しくないようにと思い、昊が織姫に教えたものだった。

「織姫は賢いな。それじゃあ、一緒に歌おうか」

「うん!」

明るい歌声が二人を包む。極上の笑顔を見せる織姫に昊は目を細めた。

「〜♪〜♪ …?」

繋がっていた手が離れ、兄の歌声が消えたことに首を傾げながら、織姫が昊の方を見た。

しかし、そこにいたはずの兄は消えていて、

「お、兄ちゃん?」

不安に押し潰されそうな織姫は周りを見渡す。

その視界に突然、赤いサイレンの光が入ってきた。

「急患です!」

「お兄ちゃん!やだ!お兄ちゃん!!」

そこにいたのは、担架に乗せられたら兄と、それに駆け寄る中学生の織姫。

「…え?」

記憶が、巻き戻されていく。

兄の最後。後悔する自分。変えられない悲しい過去。

混乱する頭に中学生の自分の悲痛な叫び声が聞こえた。

「あたしを独りにしないで!お兄ちゃん!!」


―――――

―――

―。


静かに目を開くと、こめかみを伝って雫が落ちた。

視界に入ってきたのは、赤ランプではなく、暗い天井。

織姫は全てが夢であったことを、ゆっくりと鈍い頭で理解していく。そして自分が今 虚夜宮にいて、捕らわれの身である事も。

「…お兄、ちゃん…皆っ!」

ソファーから身体を起こし、織姫は自分の身体を力の限り抱きしめた。

『織姫、この歌は元気をくれる歌だよ』

織姫の頭に優しい兄の声が蘇った。

『元気になったら、笑顔になるだろう。そしたら――』

織姫は部屋に届く唯一の光源である月を見つめながら、か細くも歌を口ずさみ始めた。



――子供の頃、よく歌った この歌。

お兄ちゃんの帰りを待っている時、歌えばお兄ちゃんが帰ってきて、上手だねって誉めてくれるような気がして。



お兄ちゃんが亡くなった時も時たま歌った。

寂しくても、声が聞けないのはわかっていても、お兄ちゃんに近づけた気がして 安心したから。


それなら今は、どうして…


「おい」

「ひゃうっ!」

突然後方で聞こえた声に織姫は身体を震わせた。

「あ、ウルキオラくん」

振り向けば、ウルキオラが無表情でドア付近に立っていた。

「まだ寝る時間だ。何をしている」

「目が覚めちゃて」

笑いかける織姫をウルキオラは見つめた。

「常時万全の体調で在ることがお前の仕事だ。さっさと寝ろ」

「うん、おやすみなさい」

踵を返し、ウルキオラが退室すると、重い扉が閉まり、部屋に差し込んでいた回廊の明かりは遮断された。

「…」

その扉を数秒見つめた後、織姫は、安堵したように溜まった息を吐いた。

(びっくりした…)

織姫は、ソファーの上で膝を抱き込んで、そこに顔を埋めた。

――頭の中がぐちゃぐちゃで、独りでこの暗い部屋にいるのが嫌で、もう少しで泣きそうだった…


こんなタイミングでウルキオラくんが来るなんて…

織姫はゆっくりと深呼吸をした。

…あれ?

そういえばウルキオラくんは用事で来たんじゃなかったのかな?

「おい」

「ぅひゃあ!」

再度 突然聞こえた声に織姫は身体を跳ね上がらせた。

「寝ろと言ったはずだが」

「えと…ごめんなさい」

「まぁいい。飲め」

誤魔化すような織姫の笑みに一度 呆れたように息を吐いたウルキオラが織姫にカップを差し出した。

「?」

唐突なその差し出しに織姫は首を傾げた。

「紅茶だ。これを飲んでさっさと寝ろ」

ありがとう、とカップを受け取った織姫。

それから手に伝わる温かさにホッと表情を緩ませた。

「あ!ウルキオラくんも一緒に飲もう?」

「お前の分しか持ってきていない」

申し出はあっさりと断られ、織姫は うーん、と考え込む。

「それじゃあ、半分こしよう?」

「いらん」

「じゃあ「いい加減飲め」

「い、いただきます」

しびれを切らし、威圧的なオーラを出すウルキオラに、織姫は苦笑いを浮かべ、早速紅茶に口をつけた。


(ウルキオラくん、出て行っちゃうのかな…)

飲みながら、チラリと視線を向けると、何か伝わったのか、ウルキオラは織姫の横に腰掛けた。

その様子に織姫は自然と頬を緩めた。

「紅茶美味しいよ、ありがとう」

「あぁ」

ウルキオラの横顔をじっと見つめる織姫。

「…やっぱり いる?」

「くどい」

えへへ、と織姫は笑みを零した。


「さっきの歌は、なんだ」

脈絡のない問いに、目をぱちくりさせる織姫。
少しずつ理解していくと口を開いた。

「あの歌は、お兄ちゃんに教えてもらった歌だよ」

「兄がいるのか?」

お前から聞くのは初めてだが、とウルキオラは訝しげな表情を見せた。

「今は、交通事故で亡くなっちゃっていないの。


お兄ちゃんはね、一人であたしのこと育ててくれた人で、優しくって、」

懐かしむように織姫の目が細まった。

「大好きなお兄ちゃんなんだ」

無言で話を聞くウルキオラ。

織姫は、あ!と声を漏らした。

「聞かれてもないことなのに、ごめんね」

ウルキオラの真っ直ぐな視線と織姫の視線が交わる。

「兄が恋しいか」

織姫は、視線を前へ向けると、少し寂し気にもみえる笑顔を見せた。

「会えるなら会いたいっていつも思ってるよ。

でも、寂しいなんて言ってたら、お兄ちゃんが心配しちゃうから」

「…」

「皆がいたから、そう思えるようになったの」

温まる胸の内。

無意識に浮かぶのは、現世にいる皆の表情だった。

「…」

「?」

黙るウルキオラに織姫は顔を向けると、ウルキオラは織姫を見つめていた。

「お前のいう 皆とは、あの死神達のことか」

「っ!」

動揺する織姫に間髪入れずウルキオラは言葉を発していく。

「人間は内も外も脆いな。誰かと繋がることなしでは生きられない。

藍染様に見初められながらも、お前も所詮は その高が知れた部類の人間か」

冷たさを感じる視線が織姫に突き刺さった。

「奴らは斬って捨て去る敵だと理解しろ」

「…て、き…」

戸惑いを瞳に宿す織姫を一瞥するウルキオラ。

「邪魔だな」

そして、静かに腰を上げた。

しかし、次の動作は後ろから服を掴まれた事で静止される。

背中部分を掴まれたウルキオラは顔だけを織姫へと向けた。

「何の真似だ」

「ど、いう…」

予測される恐怖で喉が張り付き、織姫の瞳は揺れていた。

「断ち切れんようなら俺が奴らを「皆は関係ない!」

荒ぶる声が室内に反響した。

「あ、あたしは、ちゃんと藍染様の言うこと聞くよ。

それに皆は 何も、関係ない。だから、」

「藍染様の命令が絶対な事は当たり前だ」

静かに諭す声。

ウルキオラは振り返り、織姫の顎を持ち上げた。

「繋がりを求めるなら、何故叶わぬものに望もうとする」

織姫は抵抗を見せず、じっと相手を見つめた。

「お前の一番側にいるのは俺だ」

見開かれた織姫の瞳。

「ウル、キオラ…くん?」

ぷつん、と意識が途絶え、前のめりに倒れた織姫をウルキオラは正面から受け止めた。

受け止めた織姫から聞こえる小さな寝息。

「薬が効いたか」

呟き、織姫の手からカップを引き抜くと、ソファーに織姫の身体を横たえた。

その寝顔を見つめ、ウルキオラは、織姫の髪に手を通した。

「気にくわん 女だ」

その小さな言葉は空気に溶けていった。


―――

――

頭を撫でられる優しい感触…


お兄ちゃん?

ううん、違う。

不器用だけど、優しくしてくれるこの手は、きっとウルキオラくんだ。


『元気になって、笑顔になって、
そしたら きっと幸せになれるよ』

幸せは、誰かがいないと生まれない。

あの歌を歌えば、誰かが側にいてくれた。それがあたしの幸せだった。



孤独なこの部屋で、誰もいないと諦めて歌っていた時に、

ウルキオラくんが来てくれて、

あたしは嬉しかった。


『お前の一番側にいるのは俺だ』

さっきのウルキオラくんの表情は、始めてみる彼で、
驚きと同時に、知らない彼に触れた喜び、そして無表情に浮かんだ感情にもっと触れたいと感じた。

側に、もっといられたらと、暖かい何かが胸を占める。

敵だなんて言いたくない、争いたいんじゃない。
穏やかな時を彼と過ごしたい。

なんだろう…この ふわふわする気持ち。


撫でられる頭に甘く溶け出す意識。

あたしはそのまま身を任せた。




寂しさは愛しさに変わって、そして、暖かな気持ちと共に、幸せな夢に落ちていく――。




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