席が近くになって
□きっかけは席替えで。
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「はぁーい。くじ引いたら、すぐに報告してねー。交換とか禁止だからー」
ざわめく教室内で、全員に声が届くようにと教壇の上で一際声を張り上げている委員長を一瞥して、俺は箱から小さく折りたたまれた紙を取り出した。書いてある番号だけ確かめて、俺は気だるそうに座っている委員長に近づいた。
「委員長」
「飛鳥、光希三十二番ねー」
「了解!」
引いたクジを委員長に手渡し、ぼんやりと自分の名前が書き込まれる様子を眺める。場所の確認と、その周辺に書かれている名前の確認。やっぱり、近くが誰なのかとか、気になるし。
「終わった人は席戻って!邪魔になってるから!」
すぐそばで張り上げられた声に肩を跳ねさせた。辺りを見渡せば、教壇の周りにはテンションの上がった女子達の集団、交換をせがんでいるヤツ、俺みたいになんともなしに黒板の様子を眺めているヤツとが集まって、なかなか次の人がくじをひけない混み具合だ。席替えの恒例行事というものだろう。そして、委員長に叱られるのもまた常例だ。今回は副委員長だったけれど。仕方ないので、俺はさっさと自分の座席位置だけ確認して席に戻った。
「おい、光希何番だった?」
テンション下げ気味に席に戻ると、優斗と未來がやってきた。やって来た方を見れば、クラスの男子のだいたいがそこに固まっていた。相変わらず女子みたいなことで。俺は小さくため息を吐いて、二人に視線を戻す。
「三十二。窓際の後ろから二番目」
こみあげてきたあくびに口元を手で覆いながら、移動予定のそこを指さした。位置的にはすごくいいのだが、なにぶん周りが確認できなかったから、なんともいいにくい。
「は!?お前、俺の前じゃん!」
「マジ?」
「ずりー!俺だけ仲間はずれかよっ」
思いがけないところで、ご近所さん一人判明だ。ラッキー。嘆いている末来はどんまいということで。
「じゃあさ、まわり誰がいんのかわかる?俺黒板みる前にどかされた」
「あー、マジか。俺もすぐ席ついたから知らねーんだよ。待っとけ、今見る」
そう言って、立ち上がり黒板をみる優斗。こういう時、視力がいいと便利だ。俺の場合、視力が悪いから、正直羨ましい。黒板に近づきたいが、さっき注意されたばかりだし、なにより前の方は前の方で、相変わらず女子の集団がたまっていて、近づけない。ったく、場所確認したんならどっかいけよ。つーか、さっき注意されたばっかだろ。
「げ」
そんなことを考えていたら、しばらく黒板を眺めていた優斗が突然奇声を発した。形のいい眉をひそめて、みるからに嫌そうな顔している。酷い結果になったのか、それとも嫌いなヤツの近くにでもなったのか。あるいはその両方か。優斗はなかなか人を嫌わないヤツだから、少し不安になる。
「お前の隣、最悪」
「え、誰?」
なんと被害者は俺のようだ。よりによって隣か。斜め後ろとか、斜め前とかならまだしも、隣か。ショックを感じながら、優斗の次の言葉を待つ。
「愛菜」
優斗はそう言って、俺の肩をバシバシ叩きだした。痛い。
「光希どんまい!」
「なになに?光希になにかあった?」
「んー、光希の隣が愛菜って話―」
「うっわ。どんまい光希―!」
優斗の派手な挙動は後ろにいたヤツらの目を引くには十分だったらしい。わらわらと、集まってきて、いつの間にか俺を中心に輪ができていた。うわ、めんどくせぇ。俺は、優斗の腕を振り払って、そっけなく答えた。
「俺、別にあいつ平気だからいいよ」
むしろ、気になっているところである。本人とはまともに話したことはないが。そんな俺の言葉に、周りは過剰に反応する。
「嘘だろ!?」
「あいつ、ぶりっこじゃね?」
「うざいしよー」
「自分のこと可愛いとか思ってそうだよな」
嫌な笑いが湧き上がり、愛菜に対する悪口が底をつかない。俺はそれを無言で睨みつけた。
「よく知りもしねーのに、悪口はダメだろ」
みんながみんな、口を噤んだ。俺はそれにため息をついて頬杖をついた。本当なら、愛菜はそんなヤツじゃないと言ってやりたい。だけど、愛菜とほとんど関わりのない俺が何か言ったって、説得力が皆無だ。納得のいかないやつらの濁った返事をBGMに、俺は
そっと、視線を愛菜にむけた。そこには、高いところに結った黒髪を揺らしながら、隣の席の女子に泣きついている愛菜の姿があった。
「怖い怖いむりむりむりっ。助けてよ真波―っ」
可愛らしいアニメ声。高すぎて、本人は大声のつもりはないのだろうが、遠くにいても聞き取りやすいものだ。
「愛菜落ち着いて!大丈夫だから、ね?」
高校生にもなって、同級生が背中をさすられて宥められている光景を見るなんて思ってもいなかった。俺は思いもよらない光景に、頬杖から落ちそうになってしまった。
「あーもう、この席楽しかったのに、楽しかったのに!なんで変わらなきゃいけないの!?」
「毎月のイベントだし、どうしようもないんじゃないかな」
「二千歩譲ってそうだとしても、近くに男子とか!男子とか!!」
「でもさ、男子、けっこういい人いるよー」
「話したことないし、むーりー!」
真波にしがみつきながら涙目で訴え続ける愛菜の姿。なんともまぁ、酷く取り乱しているようで。開いた口が塞がらない。
「ほら、やっぱうぜーじゃん」
「まぁ、あいつ、男嫌いらしいからなー」
背後から聞こえる台詞に、俺は振り返る。それに気付いた未來がにやりと俺に笑いかけてきた。
「けっこう有名な話だぜ」
「だから、あんま男子と関わんねーんだ?」
「そうそう。男子限定でめっちゃおどおどしてんじゃん?さすがの俺でも話しかけ辛いわー」
女好きの未來まで愛菜を苦手としているようだ。でも、愛菜は――。言葉の続きを飲み込む。そのかわり、大きなため息を一つ。
(いいヤツなんだけどな。愛菜は)
わかってもらえないのを悲しく思いながら、俺は静かに瞳をふせた。