短編集

□甘い時間
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春の暖かな、僕らを包むような陽気は眠気を誘う。



その誘惑に負けて僕は机の上で眠ってしまっていた。

浅いようで深い眠りの中に一つの幸せな夢を見た。


それは、沖が僕のほっぺにキスを落としてくれる夢。僕の大好きな、優しい笑顔をして。



ああ、幸せだ。

沖。好きだよ。


でもこの気持ちは多分一生隠して生きていくんだと思う。

現実はなんて残酷なんだろう。



―――――――――


「タカ……」


闇の中に空気を震わす、聞き覚えがあるような低い声が小さく聞こえる。

そして、僕の髪を優しく撫でる、暖かくて大きな手のひら。


………誰?

昔から知ってる手。
優しくて大きくて、温かい――


「………タカ……」


はっきりと聞こえた声は、紛れも無く沖の声だった。


沖。僕の大好きなひと。


瞼で遮られた視界を開こうとすると、フワッと唇に柔らかい感触。


…………!?


信じられない行為に、目を見開きそうになったが、なんとか堪える。


心臓が大きく跳ねる。

待ってよ。
嘘。夢?


沖なのかという期待が一瞬湧き出てくるが、すぐに捨てた。

そんな根拠も無い期待で傷つきたくないから。


しかし期待は溢れるばかりで、なかなかおさまってくれなかった。


――――長い、キス。


唇に触れる感触がとても柔らかくて甘い。


どうして。
そんなに優しいキスなの。

胸が締め付けられて、涙が出そうになった。


沖だったらいいのに。
沖でありますように。

そんな期待が心の中を行き交う。

もしも沖じゃなかったら?
そんな想像は出来なかった。


目を開けたとき、そこにある真実が、期待と違うものだったら。

僕はきっと傷つく。泣きたくなる。


そんなことになるのならば、この期待に浸らせてほしいと思った。


この唇の感触を沖だと信じて、永遠に感じていたい……。



けれど、そんな儚い願いは叶うはずもなく。唇が離れた。


「タカ……好きだ……」


耳が掴んだかすかな声に、間違いない、と確信した。

聞き慣れている声を間違うはずがない。


ああ。僕の大好きなひと。


考えるより先に、身体が動いていた。


「沖…っ!」


まだ未確定な現実、あやふやで自信はもてないはずなのに、どうしてだろう。

絶対沖だと思うんだ。


ずっとその温もりに触れたかった。


「なっ…!?お前…起き……っ!?」


驚愕の声を上げる沖を無視して、僕は沖の大きな身体を抱いた。この小さな腕で。

沖の反応なんか知る余裕もない。
告白することだけで必死だ。


「…好きだよ、沖」


ぎゅっ、とまた抱きしめる。


この温もり。
この感触。
これが沖なんだ。


胸に頭をうずめると、かすかにだが、沖の鼓動が感じられる。


嬉しい。
とても嬉しい。
素直に嬉しいっ…!


感情が溢れ出て止まらない。

愛しいという気持ちが留まりを知らず、溢れていく。


「うん、タカ。俺も、お前が好きだ」



その声に顔を上げると、沖がフワリと天使のような柔らかい笑顔を見せた、その刹那。


「沖…、ン……!?」


突然の視界の回転に、何が起こったのかわからない。


「っ…!やめ…!」


口内に生温く柔らかいものが這う。

一瞬戸惑ったけれど、それが沖の舌だとわかると、脳と身体がとろりと溶ける感じを覚えた。


「ん…んん…っ」


口の中をかき回されるような激しいキス。

僕がキスが初めてなのも手伝って、呼吸が苦しくなっていく。


けれど、沖は動きを止めない。

むしろ激しさを増したような気さえする。
苦しいけれど、気持ち良くて。
背筋がゾクゾクする。
吐息が漏れるのが恥ずかしい。


クチュクチュといういやらしい音と、僕と沖の吐息が部屋に響く。


「好きだ…」



甘い吐息が混じった沖の声に、頬が恥ずかしさに染まっていく。


「……っ…」


唾液に濡れた唇と唇が、糸を作って名残惜しそうに離れる。


心臓が激しく脈打つ。

恥ずかしい。
キスだけでこんな……


顔が熱くなるのを隠したくて、手で隠そうとするけど、沖に阻止されてしまう。



「タカ…?可愛い。ずっとずっと……好きだった」


沖の瞳は優しさに満ちていた。


「僕も…、ずっと好きだったよ」

ずっと好きで、ずっと言いたかった言葉。

やっと言えた。

一生言えることはないだろうとまで思っていたのに。


今にも泣けてしまいそうで、沖をもう離したくないと思った。



離してしまったら、こうして沖と結ばれたことも夢物語になって消えてしまいそうで怖い。


そんな不安を抱えながら、僕は目の前にある、ふわふわとした幸せを必死に抱き留めようとしていた。




しばらくの間、沖も抱きしめてくれていた。




そして、僕ら二人は強く抱き合い、確かめ合うように、互いを求め合った。



とても大好きで愛しくて。


触れる肌の温もりに、溢れる幸せを強く感じた。




いやらしい吐息と
淫らな声と

欲にまみれた微熱の夜。


それは激しく甘い時間。

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