短編集

□月が満ちる夜
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輝く満月の夜。
空には満月しかなかった。

その下で「影」が一つ。

「それ」は、
―――俺の恋人。


「瑞稀…こんなところに…」

「……銀…?」


俺の声に気付き、振り返る見慣れた顔。

瑞稀は闇の下、月の光に照らされたベランダに佇んでいた。

月を背に、儚げな顔で俺を見る。
笑ってはいるけれど、どこか哀愁が漂わせてるような。

その瞳に光はなかった。
……いつもキラキラ輝いていた瞳だったのに。

しかし、いつもとは違う瑞稀の雰囲気に胸が高鳴っているのも事実だ。

暫く見惚れて、瑞稀が呟いた。


「綺麗でしょ…?月。」


見上げながら、淋しそうに。


「………あぁ」


俺の返事に、また妖艶に笑いかける。

いつものような明るさはそこにはなくて、なんだか寂しかった。

こんな儚げで妖艶な瑞稀に見惚れるのも事実だけど、
こういう瑞稀がいいのかというと、それはまた別の話だなと思った。


淡く、美しく、妖しく光り輝く、
漆黒の空にぽっかりと浮かぶ満月。優しいような、冷たいような…そんな光が俺達を照らす。


「月ってさ…人の心を奪うんだって……」

瑞稀が言った。

「……お前も…奪われてんじゃねーの?」


冗談もちょっとだけ混じった、俺の言葉に瑞稀が力無く、儚げに微笑む。

「確かに…そうかもね……」


そんな瑞稀が哀しそうに思えて。


「心配しなくても俺が取り戻してやるよ…お前の心。」


月の明かりに照らされたベランダで、俺はお前を強く抱いた。

激情の高ぶりを抑えるように。
瑞稀の身体を全部包みこむように。
この腕に常に在るものにするように。


「愛してる…愛してるよ…瑞稀」


大好きで堪らない、瑞稀の唇に情熱的なキスを落とした。


月に心を奪われるな。

俺に囚われろ。


好き過ぎて、お前の全てを手に入れたいと思うほどの狂気に満ちた独占欲。

それは愛と云うもの。

少しだけキャパシティを越えてしまった愛。いや、キャパシティなど無いか、と思い返し。

瑞稀の口の中に舌をねじ込む。

絶え間無く、唾液が混ざり合う音と吐息が漏れる。


「ん……」


妖艶な吐息と桃色に染まった頬。

それが俺を欲情させるのがわかってるのか。


――ああ。


俺の目の前で乱れるお前が、

何よりも愛しい。
何物にも変えられない。


いつまでも、俺の傍で笑って、怒って、泣いて。
俺の前でだけ乱れて。


ただこうして、ずっとそばに居てほしい。


こんなの俺の勝手な嫉妬と独占欲だけど、お前だから嫉妬するし、独占もしたくなる。


月が輝く下のベランダに二人の蜜が零れ散らかる、それは。

嫉妬と独占欲から走った行為。


だがそれさえも、瑞稀には愛の表現だと感じていた。



すべては、月が満ちる夜―――。


月に心を奪われた少年と
月に嫉妬した少年の物語。

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