短編集

□お前が抱いてほしいと云うなら
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甘さは無く、苦いばかりの、愛など虚無の夜。


「ッ、アアッ……」



お前をこうして抱くのも、これで何回目になるだろう。


抱く動機が切り裂かれるように痛くても、
抱く時がどんな辛くても、
お前が抱いてほしいといえば俺はいつでも抱いた。

今みたいに抱くことが虚しいと思えても、哀しいと思えても。


「ハァッ、由有―――」

「やっ…ァ、……!」


お前が俺を求めるから、愛した。
俺がお前を愛するから、抱いたんだ。
その欲求がどんなに歪んでいても、俺はお前を愛撫した。


由有は俺と行為をする時、絶対に始めから最後まで目を閉じる。
俺を見ようとしない。

わかっている。
それは、本当に由有が求めるものが俺じゃないからだ。



―――高校生になったお前は部屋の中でいつも泣いていた。

月曜日も、火曜日も、水曜日も。

由有は他人に涙を見せたくない性格だったから、部屋に閉じこもって。


……由有は俺の兄が好きだった。

けれど、始めからほぼ叶わない恋。
兄の陽には彼女がいる。

それを由有は知っていながらも陽を好きでいた。

陽が彼女の話になると、時折見せる泣きそうな表情で俺はわかってしまったんだ。

由有は惚れているんだって。
それも――半端な感情じゃない。

辛い荷物を抱え、それでも陽に恋をし続け、由有が高校に入学した頃。

由有にとって酷過ぎる知らせが届いた。
陽と彼女の結婚。

それも目の前で紹介されて。

由有は何も無かったかのように笑っていた。

泣きそうな顔の上に塗り固められたかのような笑顔で。
笑顔のはずなのに、涙を流しているように見えた。

俺はなんて無力なんだろうと嘆き。その場で由有の手を引いて逃げたかったけど、できなくて。

できなかったことが、ますます俺は非力だと感じる材料になった。

兄と彼女が帰った後、由有はこれでもかっていうくらい泣いて、泣いて。
本当に好きなんだなと思った。

涙が枯れるまでひたすらに泣き続けていた。その時の涙をバケツに溜めたら一杯になってしまうんじゃないかというくらい。

その夜だけは、俺は由有の部屋の外にずっといた。

俺はなにもしてやれなくて、また非力で無力だなと感じ、冷たい何かが頬を流れて顎から落ちたけど。落ちたそれが何なのか、確認する余裕も無かった。

自分がやるせないまま、壁越しに泣き声を聞くだけしかできなくて。
悔しかった。身を切られるほどに。

そんな時。泣き終えて間もないことを伝える赤く充血した目でお前は言ったんだ。


「薫、オレを抱いて」と。


俺は喜んだ。由有の為にならどんなことだって喜んでやってやると決めていたから。

でも、逆だった。全然喜べなかった。

由有は俺を見ようとしない。
俺を感じようとしない。
閉ざした瞼の奥から流れる冷たい涙。
泣き声が少し混ざった喘ぎ声。
空振りのような腰振り。
手を濡らす精液。


虚し過ぎて――今度は涙も出ない。

由有が求めているのはきっと俺じゃない。
肌を重ねれば重ねるほど、それは色濃くなっていくばかり。

寂しさを紛らすためにやっているのかもしれない。温もりが欲しいだけなのかもしれない。腹が立ったけど、抱いた後の笑顔が欲しいから、それでもいい。


俺がどんなに辛くても、
お前が抱いてほしいと云うなら
それで少しでも満たされるなら
その歪んだ欲望ごと愛し尽くして



飽きるまで抱いてやろう!
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