An offering
□【 Healing 】
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『ふぅ・・・・・やっと帰れる・・・・』
時間は既に深夜というよりも、明け方に近い・・・・・。
ここ最近、そんなスケジュールばかりで、マネージャーが申し訳なさそうにあたしを見る。
まだ売れっ子とまで行かないのに、なぜこんなことになってるかというと・・・・待ち時間が長すぎるから。
スケジュール通りになれば、もっと早くに帰宅できている。
だけど、一緒に出演している若手人気女優が一度へそを曲げると、ずるずる・・・・時間ばかり延びていってしまう。
最近のこのスケジュールは、彼女が散々アピールしていた若手芸人の一人に、あっさりと袖にされたことが原因だったようで。
あたしもこれからもっと上を目指して行こうって思ってるのに、これではプロ意識が低すぎるってさすがに思う。
たとえ失恋したって、大切な誰かを亡くしたって・・・・この世界はそうゆう世界のはずだから。
「美希・・ほとんど寝る暇がなくなってしまったが・・・・大丈夫か?」とマネージャーが気遣ってくれる。
『まあ仕方ないですし。次は9時前に局入りですよね?メイクはモモちゃんですか?』
「ああ、そうだ。モモならなんとかメイクでカバーしてくれるだろうが・・・・あのコンビ・・・特にお前の彼氏のほうはメイクしていても気付くかもしれんな」
『・・・・そうかもしれませんね・・・・気をつけます』
マンションに戻ると、熱めのシャワーを浴びる。
最近、あまりにも時間が不規則になったので借りた部屋だった。
そしてシアバター入りの、お気に入りの淡いピーチの香りのボディークリームをたっぷり塗った。
体だけじゃなく、化粧水に乳液もたっぷり使ってフェイスケアもしっかりして、ベッドに入る。
『・・・・2時間位は眠れるかな・・・・・』
このごろのスケジュールのために、短時間睡眠になりがちだったあたしは目覚まし時計をひとつ増やしていた。
目覚ましを時間差で、スヌーズ機能も使ってセットすると、すぐに眠りについた。
「あらぁ?美希ちゃん、ずいぶん疲れた顔してるわね。ちゃんと寝てるの?」
『モモちゃん・・・・そんなに顔に出てますか?実は最近すごく撮影が長引くことが多くて。だから明け方に帰ることが増えてて・・・・昨日も終わったのが明け方で・・・』
「ええ?じゃ、何時間も寝てないんじゃないの?」
『そうですね。でもこの仕事じゃ文句も言えませんし。メイクで何とかごまかせますか?今日は宇治抹茶のお二人となんで・・・特に松田さん・・・・するどいんですもん』
「そうね、なんとかなると思うわ。あの二人を誤魔化せる位にきれいにしてあげる♪」
『お願いします』
今日はバラエティー番組の撮影だから、疲れた顔なんかしていられない。
モモちゃんのメイクで、なんとか誤魔化せてはいるみたいだけど。
「美希ちゃん、ちゃんと寝たんか?なんかやたらと疲れとるで?」
『ちゃんと寝ましたよ?』
「いいや!絶対に寝とらんやろ!」
慎之介さんはするどい・・・・・・。
「隆やんも気付いとるで?美希ちゃん、昨日の撮影がまた遅うなったんやろ?隆やんがさっき、マネージャーさんに確認しとるんや」
『え・・・・』
「・・・堪忍やで?あの子のアプローチ、断わったんは俺やねん。そのせいで美希ちゃんやら他の出演者さんやらに迷惑かけて・・・・ほんま堪忍な〜」
「慎が謝る必要はないやろ?これは彼女のプロ意識の低さが、周りを巻き込んでるんや」
スタッフさんと話していた松田さんが、あたしたちのそばに来てそう言った。
それからあたしを見て「収録の間だけや。その間だけ、踏ん張れ・・・・美希」
『・・・はい!』
「あ!何ドサクサに紛れて、美希ちゃんのこと呼び捨てにしとるんや!ズルイで!」
「あほう、これは俺だけの特権や!」
そう言って、あたしにドリンク剤のようなものを差し出した。
「・・・・くそまずいけどな・・・・とりあえず収録の間くらいはもつやろ。今のうちに飲んどけや」
『ありがと・・・・』
『うっわ〜、まっず〜い!!』
あまりのまずさに目は覚めた。
それはいいんだか悪いんだか・・・よく分からないけど、とりあえず収録の間はなんとか持ちそうだった。
松田さん・・・・隆実さんは仕事に関しては凄く厳しいけれど、でもこうやって気を使ってくれたりもする。
それが疲れきった今の状態では、ものすごく嬉しいことだった。
収録が始まって、なんとかいつも通りにこなすことができた。
途中の休憩時間に「大丈夫か?このままの感じで行けば、あと2時間くらいやろ。頑張れるか?」
『うん、大丈夫。頑張るよ』
「・・・帰りは送ってくから・・・・」
あと少し・・・・・もう少し・・・・・これを頑張れば、ゆっくりできる・・・・明日はオフだからゆっくり出来る。
あと少し・・・・・そう思いながら必死だった。
不自然にはならないように笑顔を作り、コメントをし・・・・誰にも迷惑はかけたくなくて・・・・。
「はい、オッケーです!」
その一声で、やっと終わったんだって・・・・力が抜けて床に座り込んでしまった。
「美希!」
駆け寄ってきてくれた隆実さんに抱きかかえられるようにして、いすに腰掛ける。
「大丈夫か?・・・・よく頑張ったな。えらかったで?」
『うん・・・・』
「美希ちゃん、しんどかったやろ?帰ったらゆっくり寝るんやで?」
『ありがと、慎之介さん』
控え室に戻って、マネージャーに連絡すると、そのまま帰宅してかまわないとのことだった。
着替えをして、メイクを落とすと、鏡には疲れて隈の出来た自分の顔が映っている。
「お疲れさん。もう行けるか?」
『あ、うん。もう行けるよ』
控え室まで迎えに来てくれた隆実さんの車で、マンションまで帰った。
「寝ててもええで?ちゃんと送ったるし」
『うん・・・・・』
あったかい温風と、車の揺れで眠気が増していた。
思わずうとうとしていたら、やさしい声が眠りへ誘う。
どれ位眠っていたのか、気がつくと見知らぬキングサイズのベッドの上だった。
『・・・・・あれ?ここどこだろ・・・・・』
ぼーっとした頭で、いろいろ考える。
『え〜っと・・・隆実さんの車で寝ちゃったんだよね?じゃ、ここは?』
呆然としながらベッドに座ったままアレコレ考える。
そこに「なんや、起きたんか?」という聞きなれた声。
『隆実さん・・・・・』
「何度起こしても起きひんしな。仕方ないから、俺んとこ連れてきたんや」
『うわっ!ごめんなさい・・・・』
「別に今日はオフや・・・まだ寝とってもええで?」
『ううん、大丈夫。ごめんね?運ばせちゃって・・・・』
「ええよ、美希の寝顔、じっくり拝めたさかい」
『やだ、変な顔してなかった?』
「つついても起きんかったけどなw」
『え〜』
「ま、ええわ。今日はとにかくゆっくりしようや」
『うん!』
「ほな、もっぺん寝るで?」
あたしの隣に潜り込み、あたしの腰を抱き寄せると目を閉じる。
『うん・・・おやすみなさい・・・・』
すぐに規則正しい寝息が聞こえ始めた。
その寝息に誘われるように、あたしもまた目を閉じて眠りに落ちた。
2009-12-16