キリリク
□慟哭-愛をください-
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《皐月蘭 様》
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桜の開花が五分咲きくらいになる四月上旬。
俺は地元の大学を卒業後、就職難のこの状況で倍率一万倍を見事突破し、大都会の大手ザラ・コーポレーションに就職が決まった。
家族や友人たちに盛大な祝福を受け、田舎まちから出てきた俺は、念願の一人暮らしを始める事になるが、都会の物価は想像より高く、風呂なしトイレ洗面共同、三畳一間のボロアパートが精一杯だった。
就職祝いに新調してもらったスーツ一式が、唯一高価な持ち物である。
入社式を終え、今日が入社初日な訳で、期待と不安を胸に抱きながら目の前の、デカイ高層ビルを見上げていた。
入口を抜けエントランスホールには一面、大理石で覆われ、吹き抜けの空間は体が吸い込まれる程の演出をしてくれる。
正面には綺麗なお姉さんたちが、受付嬢としてきちんと座り、こんな俺にまで朝の挨拶を交わしてくれる。
かなり舞い上がっていた。
そんな時、受付嬢の一人が声を掛けてくる。
「ID認証、確認致しました所、本日10:00より社長面会が入っておりますので、くれぐれもお忘れなきよう、宜しくお願い致します」
全社員に配布されるIDカードは、特殊な周波数により、身に付けているだけでこのビルの何処に所在するのか、端末コンピューターで一目瞭然である。
所属部署は勿論、個人の経歴や履歴など、びっしり詰められ、常に監視下に置かれていた。
個人情報がどうとかいう問題の世の中で、ここだけはあまり関係ないといった風にも感じられる。
…にしても社長が直々に俺と面会?
何かの間違いじゃないのかとも思ったが、これ程のセキュリティーで管理されているのだから、それはない。…が、所詮はコンピューターだ…とアナログ的な考えは、抜けきらない自分がいる。
「はい。わかりました」
とりあえず、受けるしか選択の余地はなく、間違いなら後で何らかの連絡があるだろうと、安易に考えていた。
所属となる俺の部署は10階にあるアパレル関係、受注・発注の事務である。
一見、メインの部署?とも思えるが、アパレル以外にも大きな取引をしているようで、ある意味、一番無難…というか、下級クラスの部署でもあった。
新入社員にとって妥当な場所なんだろうが、俺にしてみれば、事務関係より肉体労働の方が良かったっていうのが本音でもある。
『おはようっ!新米くん』
オフィスに入ると、いきなり声を掛けられ驚いてしまう。
しかし、反射的に挨拶してしまうのは、主従関係が厳しい体育会系に長年、所属していたからなんだと思う。
「お、おはようございます」
「私のCN(コードネーム)はルナ。あなたは…」
ここでは本名を名乗らない。と言ってもIDカードの中には全てのデーターはインプットされてあるから、普段仕事するに当たっては、前もって自分で決めたCNで行動することになっている。
彼女は俺の名札に、チラッと眼をやって確認してきた。
「シン…って言うのね?今日から私が、あなたの新人教育係り担当になるから、宜しくね」
ショートカットでクリッとした瞳の彼女は、活発的で姉ご肌を醸(かも)し出していた。
「分からないことがあれば遠慮なく何でも聞いてね。あ、そうそう…そこにいる彼は、あなたと同期になるから仲良くしてあげてね」
そこと言われ振り向くと、一瞬どこかの貴公子かとも思える出で立ちで、色白で金髪の彼はペコッと会釈してくるから、こちらも同じように返す。
「レイです。ヨロシク」
二コリともしない彼は、大人しいというより暗そうな感じで、俺のダチの中では初めての部類になる。
「あ、そう言えば…、あなた…、社長面会入ってるんだってね?」
何種類かの書類を脇に抱えて、ここの部署のトップである部長に挨拶する為、移動しながら質問された。
「ああ…、はい。何かの間違いかとも思えるんですが…」
「ホントよねっ」
うわっ!即答ですか?
「私もここに来て3年になるけど、今まで初日から社長面会なんて聞いた事ないもの。ずば抜けて、成績が良かったのか…コネぐらいしか呼び出しは、まず食らわないから…。後は…っっ」
言いかけて言葉を詰まらせていた。
不思議な顔をして彼女を見ると『何でもない』と返事をし、部長との挨拶が交わされる。
簡単な挨拶と説明が終わり、自分のデスクへと案内される。
「ここが、あなたのデスクよっ。必要な備品などがあれば、言ってきてね」