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「おい、まずいってなんだ。」

「うるせぇ、こっちの問題だ。お前らには関係ない。」

「オーナー!その言い分は酷くないですか!」

「そうですよ!従業員に話せないようなまずい客ってなんなんです!」

珍しく食いつく梯と祈を相手に、神谷は渋々口を開いた。
ちょっと近づけ、というように手を招く。

「いいか。絶対変な素振りするなよ。」

「はい。」

「俺の考えが正しければ、」

きっと・・・




エスプレッソとはこんなに時間がかかるのか…

男は寒空に光る星を見ながら思った。

今も"あいつら"は俺の文句を言いながら働いているのだろう。
しかし、黄泉の帝王だって休暇は必要だ。そうだろ。
毎日毎日死亡者のリストとにらめっこじゃ飽きる。
自分がやってみろって話だ。

第一だ。
エリザベートをようやく連れてきたというのに、
ずっとあの暗い世界で過ごすなど、なんという悲劇だ。
少しくらい休暇をとっても何も

「お待たせしました。」

男の思考が突然途切れた。
芳醇な豆の匂いがする。

「エスプレッソでございます。」

藍は男の前にエスプレッソを置いた。
心なしか声が上ずっている。

「ごゆっくりどうぞ。」

心なしかあの完璧な笑顔も引きつっていた。

男は特に気にする様子もなく、カップへと手を伸ばした。




「…どうだった。」

「いや、完全にそうだ。何も疑う余地がない。」

「ほらみろ!目的はなんだ?視察か?もしくは何か不備があったのか?」

「契、エスプレッソの配分間違ってないだろうな。」

「バカか!俺が間違うわけないだろ!藍こそやらかしてないだろうな。」

「お前に心配される筋合いはない。」

「言い争っている場合か。入店時から不備はないかちゃんと考えろ。」

「片づけの最中でしたけど、特に何もやらかしてはいないはずです!」

「そうそう。音さんのお陰で床もピカピカでしたし!」

「そ、そうだよね!ちょっと早く帰りたいなとか思ったけどそれくらい」

ねぇ。

全員が頭を抱え、男に粗相がなかったか考えているさ中、
まことが音の裾を引っ張った。

「ねぇってば。」

「え?なに?」

「あのお客さんは結局なんなの?」

まことの言葉に全員の血の気が引く。

「誰なの?あれ。」

その言葉に皇がゆっくりとまことに近づき、いいか、と前ふりをして言った。

「あの方は生きるものすべての命を統括するとも言われている、黄泉の帝王トート閣下だ。」

「つまり?」

「オーナーの絶対の上司にあたる方だ。」

生きるも死ぬも、あの方の気分次第ということになる。

「…つまり?」

「絶・対・に!失礼のないようにしなければならないということだ。わかったな。」

「機嫌を損ねたら?」

「お前は死ぬ、ということになる。」

さすがに現実主義のまことも状況を理解し、少し驚いた顔をした。

「と…いうわけで。」

再びオーナーが声を上げる。


お前ら死ぬ気で接客しろ!!!


その声は心なしか震えていた。






「…旨いな。」



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