Cafe BEasT BOOK

□しあわせの小箱
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しあわせの小箱







日が軽く傾きはじめた、いわゆる昼下がりの頃。
お客もほとんどが帰り、昼のラストオーダーが終わった。
これからようやく昼休みとなる。

「今日も半日終わったー」
「藍、すぐソファーに寝転ぶ癖はどうにかならないのか。」
「そうですよ。いつもはお客様は丁重に扱えって言うのに。」
「ソファーとお客様は違うだろ。」
「そのソファーはウェイティングの方用ですから同じことですよ。」

梯は藍の鼻先にマグカップを出した。
藍の表情が明るくなる。

「契もいい仕事をするようになったな。」
「誰もあんただけのためになんか淹れてねーよ。ばか。」

マグカップの中身は契がブレンドしたコーヒーだった。
常連客のためにしか作ることはなく、たとえ彼らでも中々飲むことはできない。

「でもなんで突然淹れたの。」
「あぁ…別に意味はないんだけど…」

今度新しくブレンドし直すつもりだから、古いやついらねぇだろ?


「なるほどね…」

祈は壁に寄りかかりながら、マグカップを見下ろしていた。
黒い水面がゆらゆらと揺れている。
彼は困ったことに、昼の客が置いて行った小箱を皆に相談するタイミングをなくしていた。
だが、相談すればしたで、何を言われるか(怒られるか)わからない。

「どうするかな…」

ポケットの中身が邪魔くさい。


「…おい、祈。」
「え?」

ソファーの肘かけから、首だけ出すようにして藍が聞いた。

びっくりした。

「なんでそんなとこで立っているんだ?」
「…え?」

確かに、祈は全員の輪から離れるように立っていた。
といってもほんの少しだけ。

なんだそっちか。

「別に深い意味はありませんよ。」
「いつも梯にべったりなお前が、休憩時間にそんなとこにいるのはおかしいだろう。」

ぎくっ。

別の意味で驚いた。
マグカップを口に運び、平静を装っているように見せる。

「僕が梯からはなれていたらおかしいですか。」
「あぁ、おかしいな。」

ぎくぎくっ。

なぜ今日の藍さんはそんなに鋭いんだ。

「何?祈ぃくん。僕から離れる理由があるの?」

不意を突くように梯が下から覗き込む。
思わずマグカップを落としかけた。

「いや、何も…何も…」
「祈。なにこれ。」

今日は隙だらけなのかもしれない。

まことが来ていたことに気付かず、ポケットの中身を探り当てられてしまった。

「もしかして、お客さんからもらったの?」
「いや…」
「じゃあ盗ったの。」
「ちがっ!!」
「じゃあ…どうしたの?」

全員の目が祈を見ていた。
特に梯の目が痛い。
笑っているが、お客に対して誠心誠意尽くす彼にとって、この箱は大切なものであり、また…

祈は観念したようにつぶやいた。

「お客の…忘れ物です…」


全員が同じリアクションをとり、梯の目つきが変わった。
盛大な溜息のような「はぁー」を繰り出されたのだ。
梯は静かな声で言った。

「祈ぃくんのお客さん?」
「え…うん…」
「初めて?2回目以上?」
「初めて…」
「祈ぃくんの接客態度は?」
「いつもどおり…」
「じゃあこの時間だし、結構手を抜いてたね。」

うっ。

「何か不備があったかもしれないね。」
「すいません…」

謝る相手、違うよね?

目が据わっている。

「気づいたのいつ?」
「片付けのとき…」
「てことは。お客さんが走ったりしてなければ間に合ったよね?」
「はい…」

なんで追いかけなかったの?

目が、目が据わっている。



「梯もあんな迫力が出るんだな…」
「当り前だろう。梯のお客様への心を侮っていたのかおまえは。」
「侮ってなどいないが…」

祈に向かってあんな表情すると思ったか。

皇はマグカップで話を促す。

「いや。あそこまでなるとは思わなかったな。」

藍が答えた。

「だろ。」

梯が輪に戻ってきた。

「なんか、祈ぃくん反省してるみたいだし、次にお客さんが来たら返すって。」

来るかわかんないけど。

にこにこしているが、その目は据わったままだ。


(梯が怖い…)

そこにいた全員がそう思ったという。




休んだ気がしない…

祈は契のコーヒーをゆっくり飲むと、溜息をついた。

梯が初めて怖いと思った。

「祈。そんな気にすんな。追いかけなかったのは確かに悪いが、多分また来るよ。」
「オーナー…」

神谷はぽん、と肩を叩くと祈を励ました。

だってさ。

「その小箱、やけに包みが丁寧じゃねぇか。明らかに貰いもんかあげるもんだろ?」

きっと今にも血相変えて店に飛び込んでくるって。


ガチャッ!
リンリンリン!

扉が勢いよく開く音と、扉の上に付いた鈴が勢いよく鳴った。

「ここに小箱ありませんでした?!」

飛び込んできたのはまだ制服も着慣れていないような中学生だった。

確かに、あのテーブルにいたのはあんな感じの子だった気がする。


「おう…今にも飛び込んできちゃったな…」


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