Cafe BEasT BOOK

□マシュマロのような愛を
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「ま、まこ」

「おはよう。音。」

「お、おはよ…う」

まことは力一杯俺の腰にしがみつき、そして何事もなかったかのように、机の上のクッキー缶の前へ座った。

ってちょっとまて。


「ま、まこと。今のは…」

「抱きついた」

「えぇっ」

「抱きついたの。」

それだけのこと。なに。


まことはいつもの爬虫類みたいな目で言った。
呼吸することが当たり前なように、抱きつくことは当たり前。
そんな感じ。


「いや、だって今までそんなこと…」

「なに。迷惑なの。」

「迷惑っていうか…」

「じゃあなに。」

「あ…あの…」

追い詰められて、脳内に浮かぶのはいつだかのまことの告白。



"猫が好きって言ったら変なの。"

"僕が好きって言ったら変なの。"


猫はつまり俺。

まことは俺が好き。

それはわかったけど。



「なに。」

早く言え。
まことの目がそう言っている。
射抜かれそうなほどまっすぐに。

俺は反射的に目線をずらしてしまった。

「な…なんでもな…」

「…っばか。」

ばーんと派手な音が耳元で響き、直後にがんっという音がした。

空に近いクッキーの缶が投げられたことに気づいた。

それに続く足音。

俺の前で止まった。


「ばか。」

感情の見えない、まこと特有の声音。
でもその声音には、いつもと少し違うものが混じっていた。

…もどかしさ。みたいな。


「音。」

逃げてるでしょ。

「え…」

145cmのまことが、180cmの俺の衿を掴む。

「逃げないでよ。」

僕を見て。答えて。

「まこっ…」

「だまって。」

僕は音が好きだって言ったよね。

音は好きじゃないの。
どっちなの。

「どっち……」

「そう。どっち。」



と言われても…

確かにまことは好きだが、まことの言う好きと、俺の好きが同じかわからない。

まことがいないと淋しいし、まことがいないと落ち着かない。

俺の支えで、まことの支え。

でも。

でも。


俺たちは



「"僕たち"だから嫌なの。」

「え。」

「そんなことで僕から逃げるの。」

音は、そんな人じゃないと思ってたのに。

まことの目が、俺を射抜く。
金色の目がまっすぐ見ている。

「もう一回言おうか。音がわかるまで何度でも言う。」




僕は音が好きなの。

理屈とか、なんにも関係なく。



僕は、音が好きなの。





「ま…」

「答えて。音はどうなの。」


俺は…

「…。」


衿の力が強まる。
俺はまことの手に、手を添えた。







「俺は」

まことが好きだよ。




まことの目が少し驚いたように開かれ、手が緩んだ。
俺はそのまま手を胸の前に持ってきて握った。
小さい子に、大切なものを托すように。

「まことがいないと淋しい。まことがいないと落ち着かない。」

これって、好きってことだよね!?


驚いた表情のまま、ゆっくり深く頷く。
顔を上げた時には、いつもと同じ顔をしていた。




「音。」

「なに?」

「…なんでもない。」

「ほんとに?」

「…ほんとに。」





テレビの時計が時刻を告げる。
既に出なくてはならない時間。

あっ。

「音。遅刻だ。」

「ど、どうしよ!まだ髪型作ってな」

い、を言う前にまことが洗面所へ向かう。
俺の目の前にワックスを押し出すと、自分の鞄へしまった。

「店でやる。」

「え?あ、うん…そうだね。店で…って!まこと!待って待って!」




俺は自分の鞄をひったくると、さっさと部屋を出たまことを追いかけた。



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