4月29日。 私は原稿に追われていた。明日中に脱稿しなければならないのだが、どうも最後がまとまらない。 「あーあー」 伸びをしながら大きな溜息をつき、コーヒーカップに手を伸ばす。カップを口元に運んでから、もう既にからっぽな事に気付く。 やれやれ。お代わりを淹れようと立ち上がる。画面から目を離すのも良い気分転換になるだろう。 新しく淹れたコーヒーをカップに注いでいると、電話が鳴った。編集者からかもしれないと思い、緊張しながら電話を取る。 「暇か?」火村だ。 「今原稿を書いてるとこや。フィールドワークか?」 「まぁな。忙しい時に悪かったな」 別に良いと伝える。電話の向こうでガサガサという音が聞こえる。支度中なのだろう。 「また休講か?」 「ばか、ゴールデンウィークだ。授業なんてねぇよ」 そうか。どうも私は世間の休日に疎いらしい。自由業である事も起因していると思うが。『フィールドワーク』と称してすぐに休講にする先生を揶揄したつもりが、逆に嗤われた。 「先生の休みはいつまでなんや?」 「6日までかな。俺次第でいつまでも休みにできれば良いんだが」 スケジュールの確認をしたのだろう、火村が答えるのに少し間があった。 「7日に何かあるんか?」 「あぁ」火村は溜息を吐き出すように言う。「授業と他にも厄介なのがいろいろとな」 「先生も大変やな」 労いの言葉をかける。「そっちもな」と火村。 「原稿、頑張れよ」 「フィールドワークも、な。また聞かしてくれや」 「アリスがうまいコーヒーを淹れてくれるなら」 そう言いながら、火村は電話の向こうでにやけているに違いない。 「おおう、淹れたる。話、楽しみにしとくわ。じゃあ気ぃ付けて」 私はそう言って電話を切った。 受話器を置いた時に7日がどういう日であったかを思い出した私は、側にあるメモに『7日決行』とだけ書いた。他にも書こうと思ったが、締切を思い出して慌ててコーヒーカップを取りに戻る。 もうすっかり冷めてしまったコーヒーを片手に、私はワープロに向かった。 |