空に関わるもの15題
□9:虹の端を探しに
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「話して、貰えませんか?」
なにもかもを許すと語る瞳が促す。
警告を鳴らす鐘が響こうと、彼女は耳を塞ぐと決め込んだらしい。
息をつくと紅槻は瞳を閉じた。
唇から流れるは過去、真実だった叙事詩。
「その昔、存在すら定かではない幻の鍵があったらしい」
自分でも信じていなかった幻の「鍵」の話。
瞳の前にいる少女と瓜二つの容姿の女性(ひと)から聞いた伝説。
今は失われた物語。
馬鹿にしながら、馬鹿にしたものを捜し続けたあの温かい旅が、灯る。
「その鍵を手に入れたものはこの世界を制覇できる、とか。無限の力を手に入れられる、とか。なんでも願ったものが叶う、とか。…饅頭食べ放題、とか」
「ふふ」
微笑む。
邪気なしに純粋に笑む横顔が、紅槻に向けられる。
「伝説、ですね」
「…あるか無いかすら分からない、な」
そんなものを捜す自分に自嘲がこみ上げる。
信じていないものを捜す。
そんな矛盾した旅を俺は未だ続ける。
立ち上がると、宵都は紅槻に手を差し伸べる。
「行きましょう。あるかなんて、分からないけど」
「………」
なんでそう能天気でいる。その仕草、容姿、言葉の端々が、
思い出させる。
遙。
「ね? 行きましょう?」
首を傾げる角度。
それすらも―――、
「見つけましょうよ。…きっと、紅槻さんの願いが叶うかもしれない」
願い?
俺の?
「―――遙……」
「え?」
口に出した名の持ち主と同じような仕草で、聞き返す。
「……別に。なんでもない」
「え、でも紅槻さん、さっきなにか言いましたよね?」
「何も言ってない」
「えー。言いましたよ。なんて言ってたんです?」
「煩い。何も言ってない」
掻き消す。
遠くに失った灯火を。
こいつはこんなにも能天気でしつこい。翼も無いし、目も見える。
それでも心を揺さぶる。
それならば、なにも思わない方がいい。
きっと、彼女はまだいるのだから。
目が合った瞬間に、彼は人好きのする微笑を浮かべた。
薄暗い中に黒の衣装は溶ける。
遠くで鳴った木々のざわめきが耳に障る。
「僕と2人きりなんて、珍しいですね」
腕の枝の束を抱え直して立ち止まる。
「――お前は聞いた。俺がお前に視ているものは何か、と」
「…ええ」
「お前が俺に視ているのと同じものだ、『万端の覇者』」
ふと、優越を含む微笑を浮かべると、紅槻は身を翻した。
俺の見ているものと、同じ。
「誰しもが、同じようなものを視ているとは限らないよ」
ふっと嗤うと、いつになく冷たい瞳が、すでに彼のいない場所を射抜く。
この罪の重さを、
この罰の痛みを、
「紅槻…」
君が永久に知ることはない。
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