空に関わるもの15題

□9:虹の端を探しに
1ページ/1ページ


「話して、貰えませんか?」
 なにもかもを許すと語る瞳が促す。
 警告を鳴らす鐘が響こうと、彼女は耳を塞ぐと決め込んだらしい。
 息をつくと紅槻は瞳を閉じた。
 唇から流れるは過去、真実だった叙事詩。
「その昔、存在すら定かではない幻の鍵があったらしい」
 自分でも信じていなかった幻の「鍵」の話。
 瞳の前にいる少女と瓜二つの容姿の女性(ひと)から聞いた伝説。
 今は失われた物語。
 馬鹿にしながら、馬鹿にしたものを捜し続けたあの温かい旅が、灯る。
「その鍵を手に入れたものはこの世界を制覇できる、とか。無限の力を手に入れられる、とか。なんでも願ったものが叶う、とか。…饅頭食べ放題、とか」
「ふふ」
 微笑む。
 邪気なしに純粋に笑む横顔が、紅槻に向けられる。
「伝説、ですね」
「…あるか無いかすら分からない、な」
 そんなものを捜す自分に自嘲がこみ上げる。
 信じていないものを捜す。
 そんな矛盾した旅を俺は未だ続ける。
 立ち上がると、宵都は紅槻に手を差し伸べる。
「行きましょう。あるかなんて、分からないけど」
「………」
 なんでそう能天気でいる。その仕草、容姿、言葉の端々が、
 思い出させる。

 遙。

「ね? 行きましょう?」
 首を傾げる角度。
 それすらも―――、
「見つけましょうよ。…きっと、紅槻さんの願いが叶うかもしれない」
 願い?
 俺の?
「―――遙……」
「え?」
 口に出した名の持ち主と同じような仕草で、聞き返す。
「……別に。なんでもない」
「え、でも紅槻さん、さっきなにか言いましたよね?」
「何も言ってない」
「えー。言いましたよ。なんて言ってたんです?」
「煩い。何も言ってない」
 掻き消す。
 遠くに失った灯火を。
 こいつはこんなにも能天気でしつこい。翼も無いし、目も見える。
 それでも心を揺さぶる。
 それならば、なにも思わない方がいい。

 きっと、彼女はまだいるのだから。



 目が合った瞬間に、彼は人好きのする微笑を浮かべた。
 薄暗い中に黒の衣装は溶ける。
 遠くで鳴った木々のざわめきが耳に障る。
「僕と2人きりなんて、珍しいですね」
 腕の枝の束を抱え直して立ち止まる。
「――お前は聞いた。俺がお前に視ているものは何か、と」
「…ええ」
「お前が俺に視ているのと同じものだ、『万端の覇者』」
 ふと、優越を含む微笑を浮かべると、紅槻は身を翻した。

 俺の見ているものと、同じ。

「誰しもが、同じようなものを視ているとは限らないよ」
 ふっと嗤うと、いつになく冷たい瞳が、すでに彼のいない場所を射抜く。
 この罪の重さを、
 この罰の痛みを、
「紅槻…」
 君が永久に知ることはない。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ